Monju-in is Bekkaku/Bangai #9 of the Shikoku pilgrimage, and is a place of historical and spiritual significance to all Shikoku pilgrims as it is reputed to have been the family temple of Emon Saburo (the so-called "first pilgrim" of Shikoku).
Today the temple is a pretty low-key affair, and well worth a stop as it's almost impossible to miss, being directly on the henro trail between...
Read more細い道を走っていると大きな弘法大師の石像が目に飛び込んできます。
【御詠歌】われ人を すくわんための 先だつに みちびきたまう 衛門三郎 【御真言】オン カカカ ビサンマエイ ソワカ 本 尊 地蔵菩薩 文殊菩薩 開 山 弘法大師 宗 派 真言宗醍醐派 略縁起 天長元年、大師は当院の文殊菩薩に導かれて当寺に留錫し、人々を教化される。河野衛門三郎も、その一人で、八名の愛児を失い、自分の罪の深さに目覚めた衛門三郎は、大師に懺悔、謝罪のため遍路に出る。これが遍路の始まりで四国の霊場を八カ年、二十一回巡拝して、遂に大師と再会できる。 のちに、大師により衛門三郎は伊予の国主に生まれ変わることができ善政を行う。後年、衛門三郎旧宅へ寺を移し、河野家の菩提所とする。 境外地 ●八塚 衛門三郎の子供の墓(松山市文化財) ●八窪 大師鉄鉢が八つに割れて飛んでいった八つの窪み。大師御加持水湧き出る 石鎚お山開き(毎年七月一日~十日) ロープウェイ乗り場下にあり石鎚山開祖役行者堂は現在文殊院が昔木戸の鍵を管理し、人々はこの行場で滝に身を清め、山頂へ登っていきます。御本尊は毘沙門天で、石鎚三体神変大菩薩、石鎚蔵王大権現、不動明王を、普段は文殊院にお祈りし、お山開...
Read more四国別格二十霊場の参拝でお伺いしました。 真言宗醍醐派のお寺で大法山文殊院徳盛寺といい、霊場札所第九番になります。 御本尊は文殊菩薩と地蔵菩薩の二体になり、開山は弘法大師になります。 伝承によれば西山興隆寺を開創した空鉢上人が、八窪のある山中に寺を発祥して徳盛寺と呼ばれていましたが、平安時代初期の天長元年(824年)に弘法大師は当院の文殊菩薩に導かれて当院に留錫して人々を教化されました。 河野衛門三郎もその一人で巡錫中の僧(弘法大師)に無礼をはたらいたため八人の愛児を失い自分の罪の深さに目覚めました、衛門三郎は大師に懺悔し謝罪のために遍路に出ました。 これが遍路の始まりで衛門三郎は四国霊場を八年から九年かけ、二十一回巡拝して遂に大師と再会できましたが病に倒れてしまいます、衛門三郎は弘法大師に来世は善い行いをしたいと願いながら命絶えました。 後に弘法大師により衛門三郎は伊予国の国主に生まれ変わる事ができ領民に善政を行うことができたとの伝説があります。 後年に河野衛門三郎の旧宅へ寺を移し、河...
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