なぜに、ここにモアイ像が!?
この疑問を解決するために、その背景を知ることが大切だと思います。
今日は、震災14年目。 そういう意味でも、この写真を思い出しました。
以下は南三陸町のHPからの抜粋です・・・。
2011年3月。東日本大震災の巨大津波は、数トンもあるモアイ像でさえも簡単に飲み込みました。しばらくした後、瓦礫の中から発見されたモアイ像は、モアイ像をモチーフにして地域おこしに取り組む、志津川高等学校(現在南三陸高校)の敷地内に一時移設されました。この様子を知った日智経済委員会チリ国内委員会は、再び復興を目指す南三陸町に新たなモアイ像を設置しようと、イースター島の長老会などに協力を呼び掛けてくださいました。 これまで、イースター島の石を使い彫られたモアイ像が、島外に出たことはありませんでした。しかし、かつて倒れてバラバラになっていたモアイ像を、日本人がもとの姿に建て直す作業の支援をしたことがご縁になり、イースター島初のプロジェクトが進められ、約17,000㎞の距離を超えて、再びこの地にモアイ像は戻ってきたのです。 「モアイ」は、イースター島のラパヌイ語で「未来に生きる」という意味を持っています。 南三陸町のモアイ像には、門外不出の大切なものを贈ってくれたチリ共和国とイースター島の人たちやモアイ像再建のため、力を尽くしてくださった企業・団体、その他多くの人たちの思いが込められています。 未来に生きる南三陸を、遠い未来まで勇気づけ、見...
Read moreイースター島以外では見られなかった本物のモアイ像が見れます。 『モアイ』とはイースター島のラパヌイ語で『未来に生きる』との意味。 チリ地震の津波で倒れてバラバラになったイースター島のモアイ像を日本人が元の姿に立て直す作業のお手伝いをしたお礼として、チリ政府からチリで作られた初代モアイ像が贈られました。 しかし東日本大震災の大津波で贈られたモアイ像が被災し頭と胴が別になった状態で瓦礫の中から発見されたので、暫くは志津川高校で保存されていました 初代モアイ像の被災を知ったチリ政府とイースター島のトゥキー族長老会が、今度は門外不出と言われてきたイースター島の岩を使って作った世界に2体しかない目の入った二代目モアイ像を贈ってくれました。 2023/07に修復された初代モアイ像と二代目モアイ像の2体がイースター島と同じく海を背にした方向にし...
Read more南三陸町の旧防災対策庁舎を訪ねた際に、あわせて訪れてみました。 当初、なんでこの地にモアイ像があるのか?を知らなかったのですが、かつてのチリ地震での津波被害をきっかけに、友好都市関係を結んだのが始まりなんだそうですね。 その時から、初代のモアイ像が街を見守ってきたわけですが・・・東日本大震災の巨大津波によってそのモアイ像は流されてしまい(後に発見されたそうです)、それを伝え聞いたチリの関係者が、今度はイースター島の石を使ってイースター島の職人さんが制作した、いわば「本物の中のホンモノ」のモアイ像を贈ってくださったとのこと。 チリの皆さんの「神対応」が素晴らしいですね! ちなみに、イースター島の外にある「ホンモノのモアイ像」は、世界的にもかなりのレア品だそうで・・・そういう”物語”を知ってから見るモアイ像は、感...
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