お堀もあって結構大きめの陵墓。拝所もバツ印形の柵が二つもあって不思議でした。淡路島の広大な畑の中にポツンとあるというのがまず変わってるなーと思ったのですが、それは淳仁天皇の歴史が深く関係しています。 淳仁天皇(733〜765、享年33)は、本来皇位継承の第一ではなかったが藤原仲麻呂の推挙によって第47代天皇として即位。この即位を受け入れたのが孝謙天皇(こうけん)なのだが、孝謙天皇の寵愛が銅鏡という坊さんに移ると後ろ盾を失った仲麻呂が反乱を起こし、親しかった淳仁もそれに従って淡路に流された、という事です。さらにその翌年、淡路島から逃げようとしましたが捕らえられ翌日に急病で亡くなりました(本当はおそらく殺害)。明治時代になるまで天皇として認められていなかったようです。
御陵の周りはのどかな畑で、淡路の玉...
Read more淳仁天皇淡路陵
じゅんにんてんのう
兵庫県南あわじ市
第47代天皇(在位:758年 -...
Read more色気狂いの孝謙と弓作りの下人道鏡に殺された淳仁の山陵、昔々の天孫降臨一族は親子、兄弟、兄弟姉妹、その他親族で殺し合うのは日常茶飯の事であった。 現在に当て嵌めれば現天皇の娘に現天皇の弟の長男が殺されるのが当たり前であったと言う事である🤣 山稜は何時も静かに佇んでいる、1,400年ほど前の昔々のまた昔を偲び明日...
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