新四国88ヵ所霊場第35番 妙満山 蓮華院 大慶寺(通称ぼたん寺)(たいけいじ) [真言宗豊山派]
⚫️本尊・大日如来
新田大根の信号北。新田暁高校の南側。道路沿いに赤いしゃれた山門がある。 その脇は広い駐車場になっている。
山門のずっと先に見えるのは、不動堂。その右手に本堂がある。山門の脇にあるのは、庫裡。
山門から不動堂に至るまでの参道にはたくさんの桜の木が植えられており、春には参拝人の目を楽しませてくれる。
永暦元年(1160)、悪源太義平が亡くなると、その妻が夫の冥福を弔うため、妙満尼と称してこのあたりに庵を建てた。
後に、南朝寄りの綿打入道為氏が館を建て、明徳5年(1394)には、寺域が広げられ、大慶寺が建てられた。
慶安2年(1649)には、徳川家光から朱印七石が与えられ、また、元禄4年(1691)には、京都の報恩院の末寺となって栄えた。しかし、文化7年(1810)と大正15年の各火災で、本堂など主要建物をほとんど焼失してしまった。
昭和2年に本堂と鐘楼、同9年に客殿、同12年に、庫裡が再建された。
本堂の裏は、広いぼたん園になっており、3000株ほどのぼたんが植えられている。5月の連休には大勢の人で賑わいをみせる。《新四国88ヵ所霊場めぐりより》
赤い山門が華やかな雰囲気で、正面に見える不動堂からのパワーがビリビリと伝わってきました。境内は広く、本堂の左側にお大師様像があります。参拝者が多い為か、休憩所も設置されていました。本堂裏は竹林~ぼたん園があり、プチ散策コースになっています。ぼたんの時期を過ぎていたので、クモの巣が張ってましたが、面白い石塔などもあり楽しめました。御朱印は本堂右側の庫裡にて頂きました。大慶寺と53番...
Read more案内板があります。
大慶寺由来 永暦元年、源義平「悪源太」歿後その妻が父新田義重を頼り世良田郷に住み後綿打郷に移り義平の冥福を祈ると共に菩提を弔うため出家して妙満寺となり一庵を結びました。したがって妙満尼を大慶寺の開基とし山号を妙満山と称します。その後綿打入道為氏の館となり、明徳五年空覚上人を小俣の鶏足寺より迎え館跡寄捨し大徳寺を建立しました。空覚上人を中興開山第一世としており、以来五十余世に至る間、幾多の名僧を輩出しております。このように法燈のさかんなりし時は多くの末寺を有し、盛衰の歴史を辿って今日に至って居ります。また、文化七年と大正十五年に二度の火災により貴重に所蔵品を焼失しましたが、仁王様、不動明王、大日如来、梵鐘、子授地蔵等焼失を免れました。本堂裏手には南北朝時代に南朝の維持に尽くした面打入道為氏の墓...
Read more東国花の寺群馬14ケ寺 のパンフレットを参考にして参拝しました。 牡丹,桜,藤が有名の様ですので時期を見て参拝したいと思います。
2023年4月17日に牡丹と藤を見せていただきました。ぼたん祭りが催されてました。 牡丹はたくさんの種類があり見事にさいてました。少し遅かった感があります。 藤は見事に満開の物もあり、後2日3日で咲き誇る藤棚もあ...
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