2025年6月15日初訪問です。1861·文久元年に発見されていて、その後の発掘調査を経て1886·M19年に渡瀬荘三郎により「北海道後志國は存する環状石籬の遺跡」という題名で、当時の「人類学会報告」が行われた、日本の考古学史上初めて学会に報告されたストーンサークルとのこと。 このストーンサークル"忍路環状列石"とそれを囲む遺構群を含む範囲が1961·S36.3.10に国指定史跡として指定されています。過去に配石の一部持ち出しや親王行啓に備えて修復されたりしたため、現状は発見当時のものとは一致しないようです。けど、この微妙さはここで見ないと実感できないものなので、ぜひ来て、見て、感じてほしいものです。 私が伺った時はタイミングも悪かったのでしょうが、ただの薮状態でした。でもそれだけに"微妙さ"においては計り知れないものが感じられました。草刈ってくれ~。🙏😅 ↓ 2025·R7.7.26 小樽市総合博物館...
Read more看板の農道を迷わず入って下さい、すぐです。 この地域一帯80余りあったサークルのなかでも最大のものがビニールハウスの一角に鎮座してます。 なんとも味気無い現状ですが、3500年前の人々は丘をわざわざ造成して平らにし、遠くシリパ岬から石を運んで造った程ですから、近隣の山頂のサークルとくらべても、よほど特别な場所だったんでしょう。 となりの畑辺りにも遺跡があったようで、巨大木柱が出土しており墓と祭祀の場だったという説も。
施設、駐車場はありませんが農道の隅に停めることは出来ます。早い時間にちょと停めさせてもらいました。 遺跡への道は農作業でも使われますので、邪魔にならないように短時間見学する感じかな...
Read more縄文時代後期に造られたストーンサークルです。 私が訪れた時は草が生い茂っていて全貌は見えず、大きな石で囲われたサークル状である事が辛うじて分かる程度でした。 他の方が残して下さった画像から見るに、内側には石の数はさほど多くはなく、何本かの細長い立石とそれを円形に囲む小さな配石などで構成されているのですね。 色々観てきた他の環状列石と違う点は、外周を囲む石の一つ一つがかなり大きい事。およそ一人では運べないこのサイズの石をわざわざ何処かから持ち込んだ理由は何だったのでしょうか。彼らの事だからきっと、石の種類にも意味があったはず。多くの謎を残して語らず、そん...
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