自転車遍路でお邪魔しました。
42番札所仏木寺からは10km強で、歯長峠までは上りで、峠からは下りが続きます。 私は自転車だったので、歯長遍路道は使わず、トンネルを抜けて、岩瀬川沿いの遍路道に沿って進みました。
明石寺の駐車場は売店もある、広い駐車場でした。 真言宗のお寺が多い四国霊場ですが、この明石寺は天台宗のお寺です。 第43番で初めての天台宗のお寺ですが、他は76番金倉寺、82番根香寺と87番長尾寺の計4寺しかありません。
欽明天皇(539年~571年)の御代、天皇の勅願で創建したという古刹が明石寺です。 734年(天平6年)には、寿元行者が熊野から十二社権現を勧請し、12坊を建て修験道場となりました。 822年(弘仁13年)、嵯峨天皇の勅願により弘法大師が伽藍を再興し、霊場としています。 現存する本堂は、1890年(明治23年)頃に全国の信者の浄財によって建立されたものだそうです。
室町時代には宇和地方を領有した西園寺氏の祈願所にもなり、伊予の武士たちの信仰も集めたそうです。 江戸時代には宇和島藩主の伊達宗利が堂宇を建立して祈願所としたそうです。 最盛期には末寺70ヶ寺を有する大寺院に発展し、隆盛を極めたといいます。 地元の方からは、「明石(あげいし)さん」とも呼ばれ慕われています。 毎年8月9日には、観音様の功徳が得られる日とされてい...
Read more四国八十八ヶ所霊場の参拝でお伺いしました。 源光山円手院明石寺といい天台寺門宗のお寺になります。 霊場第四十三番札所で御本尊は千手観世音菩薩になります。 言い伝えによれば寺号の読みは「あげいしじ」だと云います。 明石寺の起源は古く縁起では欽明天皇(在位532年~571年)の勅願を受け円手院正澄が唐伝来の千手観世音菩薩像を祀り堂宇を建立したとする、六世紀半ばのことでその後天平六年(734年)に行者の寿元が紀州熊野から十二社権現を勧請し十二坊を建てて修験道場にしたという。 弘仁十三年(822年)には弘法大師が嵯峨天皇の勅命を受け荒廃していた伽藍を復興した。 鎌倉時代には源頼朝が恩人である池禅尼の菩提を弔うため阿弥陀如来像を奉納し経塚も築いていてその時に山号を源光山に改めたとされる。 以来武家の帰依篤く室町時代には領主の西園寺氏、江戸時代には宇和島伊達家の祈願所となり末寺七十余寺をかぞえるほ...
Read moreお時間と体力に余裕がある方は是非とも「大宝寺道」と呼ばれる昔の遍路道を歩いていただきたいと思います。山門の手前に神社さんがありますが、その左手側に「へんろ道」の看板があるのが目印。ここから卯之町の宇和先哲記念館へ続きます。所要時間は個人差がありますが、大体15-20分ぐらい。山道なので歩きやすい靴をお勧めします。 そこまで大変な道ではないので、歩き遍路がどういうものか、昔の人はどんな感じで参拝していたのか…そんなことをちょっと経験してみたい!という方は是非ともどうぞ~ちょっ...
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