岩組は既に名園。しかし、岩組だけが庭園と言えるだろうか?その意味で、既にこの庭のある興聖寺門前に至ったときに対面に見える小栗栖山の景観に圧倒されないではいられない。この景観が先にあり、そして享禄元年(1528年)に京都から亡命した足利11代将軍義晴をここに迎え、この山を借景にした庭を作庭したというのも当主朽木家にとってはこの景観に点睛を加えるまでであり、そして京都を換骨奪取する山と湖の都を思い浮かべていたとしたら面白い。公共交通機関を利用する場合、琵琶湖に面した安曇川からバスであり、実際朽木のターミナルまで行くと、規模はどうあれ、安曇川とは違う都会的な空気に満ちた街並みに驚きを禁じ得ない。それが時空を超えているのを知っ...
Read moreかつては足利義晴のために、整備された館、庭園だったらしいが、今ではとても"名勝"に見えない荒れ果てた?庭園。かつては賑わっていたのか、国道沿いに大きな看板、広くて奇麗な駐車場、きれいなトイレ等が整備されている。自販機はなし。昔は有料で300円必要だったみたいだが、今では無料ぽい・・。観光した時はお金取られなかったけど、有料の看板は今でもあるため、土日は徴収なのかもしれず未確認。観光したのが夏場だったせいか、池の水も半分無く水草も枯れかけ。規模自体が大きく無いので、さらに見所が無くて残念だった。お...
Read more京を追われた十二代将軍足利義晴を饗応するため朽木氏によって造営されたという。 戦国時代ならではの質実剛健な石組みは圧巻。些かでも日本庭園に関心のある者であれば見逃すことは許されないだろう。600年とも言われる老椿も大いに観賞の価値がある。正に「鄙にも稀」、本邦屈指の名園中の名園といえよう。 余談であるが、この近辺の人々はこの庭園を「足利庭園」と習い称している模様であり、正式名である「旧秀隣寺庭園」と言っても通り...
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