奈良時代の天平9年(737年)行基によって開基された天台宗の寺院。 下野国分寺や下野薬師寺とほぼ同じ時期の建立で2度の火災にあったため当時の建築物は残ってはいませんが、栃木県最古の寺院として灯火をともし続けていて、かつては七堂伽藍のある巨大寺院だったそうで下野国分寺との関係性も指摘されていて国分寺の若いお坊さんの修行の場でもあったようです。
第3代天台座主である慈覚大師円仁が9歳から15歳の6年間修業したお寺としても有名で大慈寺と言えば円仁といったイメージが地元では根付いて円仁が剃髪した井戸や円仁像、慈覚大師堂など円仁ゆかりのものが境内にたくさんあります。
円仁については作家の司馬遼太郎氏が著作の中で「円仁を生んだ事は栃木県の誇り」また彼の書いた旅行記「入唐求法巡礼行記」(にっとうぐほうじゅんれいこうき)について「唐末の風景をわかりやすい文章で生き生きと描いた傑作」といった趣旨のことを述べて絶賛しています。
実際、彼の「入唐求法巡礼行記」は写本であるにもかかわらず国宝に指定されていますし世界3大旅行記として国際的にも高い評価を受けています。
その円仁を研究し彼の著作を世界に紹介したのはアメリカの知日派駐日大使でもあったライシャワー博士で彼が大慈寺を訪れた記念碑も残されています。(彼はその死にあたり「自分は日米の懸け橋になりたいので遺骨は太平洋に散骨してくれ」との遺言を残しました。)
また円仁は「西の空海、東の円仁」とも言われ東北地方から関東にかけて彼の開基した有名寺院が多数あり精力的な人物だったことが想像されます。
ライシャワー氏によると「円仁は現代において過小評価されている」そうで最澄や空海と、ほぼ同時代を生きた彼が死後わずか2年で大師号を諡号され日本初の大師となった事が彼が当時、朝廷からいかに高く評価されていたかを物語っています。
大慈寺には小野小町伝説も残されており彼女の墓がお寺のすぐ近くにありますし本殿が国の重要文化財に指定されている村檜神社もお隣にあります。
駐車場はお寺のすぐ前にありますので、もうすぐ咲く紫陽花見物とともに周辺を散策してみてはいかがでしょうか? これからも栃木県最古の寺院として灯火をともし...
Read moreのんびりできる素敵なお寺さんです。 慈覚大師円仁さまゆかりのお寺とのことで、ご挨拶に伺いました。 ちょうど、本堂の前で手を合わせ終わったところに、ご住職なのかな?お家から出てきて「こんにちは」とだけご挨拶させて頂きました。
私は受戒していない(天台宗の)「にわか信徒」なので、色んなお寺さんに出没して、仏様の前でお経を読ませていただいています。
こちらは敷地が広く、人が少なく(行事がない日だからかもしれませんが)落ち着いてのんびりお経を読むことができました。
駐車場に信徒募集の看板があって、心惹かれました。 近所だったらな〜と。 埼玉の我が家から下道で1時間半。 日々お参りするには遠い。
そういえば、奥の院まで行くつもりが、途中の観音堂でお経を読んで回れ右してしまいました。 もう一度来なさいってことなのかな?
一通りお参りして歩くと良い汗をかけます。 来ていた作務衣が汗で重くなっていました。
当寺の守り神という小野寺大明神さまにもお線香を供して手を合わせました。 写真も撮らせていただきましたが、不敬を嫌うとのことなので、掲載は控えさせていただきます。
境内にはアジサイがたくさん植えられていて、綺麗でした。
ご住職ともお話してみたいと思いますが、私は人見知りのド緊張なので、まぁ、無理でしょう。
駐車場脇のトイレはよく掃除されていて、綺麗でした。素晴らしいです。
良いお寺さんでございました。 ありがと...
Read more円仁蕎麦を食べた事はありましたが、ゆかりあるお寺には行っていなかったので、足を運ばせて頂きました。 円仁様の事が記してある石碑などありました。 大変な修行をされた事と思われます。
ハイクできる山のふもとにあるので、 お寺の細い道を上がると、お狐様と共にいらっしゃる、お女神様が祀ってあります。 そこからお寺の屋根や下をみると何だか癒されました。
ハイキングもできるようなので、 良く調べてからお手を合わせハイクされるといいと思います。
少し、古びた感じですので、ツツジや桜の木もあります。お忙しいとは思いますが、剪定などされると、もっと見晴らしがいいと思いました。 お手を合わせて頂き...
Read more