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Irie Site of the Jomon Period — Attraction in Toyako

Name
Irie Site of the Jomon Period
Description
Nearby attractions
Museum of Irie-Takasago Shell Mound
44 Takasagocho, Toyako, Abuta District, Hokkaido 049-5605, Japan
Takasago Burial Site of the Jomon Period
52 Takasagocho, Toyako, Abuta District, Hokkaido 049-5605, Japan
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Irie Site of the Jomon Period
JapanHokkaido PrefectureToyakoIrie Site of the Jomon Period

Basic Info

Irie Site of the Jomon Period

190-31 Irie, Toyako, Abuta District, Hokkaido 049-5603, Japan
3.9(46)
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Cultural
Family friendly
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attractions: Museum of Irie-Takasago Shell Mound, Takasago Burial Site of the Jomon Period, restaurants:
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Museum of Irie-Takasago Shell Mound

Takasago Burial Site of the Jomon Period

Museum of Irie-Takasago Shell Mound

Museum of Irie-Takasago Shell Mound

4.2

(81)

Open 24 hours
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Takasago Burial Site of the Jomon Period

Takasago Burial Site of the Jomon Period

3.9

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関清志関清志
2022年10月10日に見学しました。 縄文時代前期後半から後期前葉(紀元前3500年〜紀元前2000年)にかけての遺跡と考えられます。縄文海進により、現在よりも海岸線が遺跡に近く、現在の室蘭本線が通っている辺りも海だったのではないかと思います。海岸段丘の崖下が海岸線だとすると、古い竪穴住居は、風浪を避けるため、高い位置に営まれたのも理解できます。また、後期の竪穴住居が海側(台地の先端部)に近づいて営まれたのは、海退によって海岸線が後退し、風浪の影響を受けにくくなったからではないでしょうか。前期から中期の竪穴住居の形が、楕円形ないし長円形という解説でした。集住によって人口が増加し、一つの家屋の入居者数が増えたことに効率的に対応した結果かと思います。また、後期になると円形に変化しています。寒冷化による人口減と居住の分散化が読み取れます。 貝塚から土坑墓が多数発掘されています。前・中・後期と埋葬の仕方にも変化が読み取れて、大変勉強になりました。また、三期にまたがる遺跡であるため、前期の円筒下層式土器→中期の円筒上層式土器→後期の入江式土器と土器編年についても大変参考になりました。 発掘された資料では、北海道に生息していない猪の牙を使った装身具や南方の海にしか生息しない貝を使った腕輪(貝輪)、鹿角製の銛頭・釣針、歯牙製装身具、環状土製品、入江式土器などが上げられると思います。 入江式土器の文様の特徴ですが、クランク状の文様、渦巻文様、蟹のハサミのような文様、波形文様の4パターンが組み合わされたものだそうです。
フ-フ-
入江・高砂貝塚 ・竪穴住居跡がここでも60センチ掘り下げられており、おそらく寒さ対策だったのであろうと思われる。 ・ポリオ感染の10代後半の少年の人骨が発見されており、手足人骨の細さから考えて歩行はできなかった。が、その年まで生きていたということは家族の支えがあったということ。 ・40才くらいの妊娠歴ある女性の人骨と生まれて間もない幼児の人骨が一緒に見つかる。生まれて間もなく失くなった幼児を悲しみにくれた女性が幼児の遺骨を大切に保管し、自分が失くなった際に一緒に埋葬されたのではないか。一面にベンガラがたくさん蒔かれており、特別な埋葬だったのだろう。一緒に埋められていた緑の小さな勾玉を見たがどう見ても胎児の形に見える。 これも祈りの形か。 ・展示品の漁具につける銛を見たが恐ろしく精巧に作られている。鹿角を削って返しまで作られているので一度刺されば抜けない。あとはイルカやオットセイ類との体力勝負である。紐(縄)の引っ張りあい。 丸木舟でどこまで外洋に出られたのだろう。 ・お墓は住居地域、貝塚と近接しており、分離まではされていない。また形態も土抗墓、配石遺構と環状列石には至っていない。
HiroyukiHiroyuki
[入江・高砂貝塚] 縄文時代前期末から晩期の貝塚を伴う遺跡 世界文化遺産,史跡 洞爺湖町入江と高砂町の内浦湾を望む標高10メートルから20メートルの台地上に位置する。 貝塚の他に竪穴建物跡(縄文時代前期から後期のものが多い)、土坑墓等から構成される。 貝類のみならず海獣や魚類の骨も見られ、当時のこの地域での漁労文化の発達を物語る。 貝塚は入江貝塚と高砂貝塚に分かれるが、入江貝塚では縄文時代前期末の人骨が4体、中期のものが4体、後期初頭のものが7体の計15体分が出土している。 一方の高砂貝塚では、後期初頭の土坑墓が1基、晩期中葉のものが28基出土している。 イノシシの牙で作られた製品やオオツタノハガイ製貝輪など、北海道では入手できないものも出土したため、他地域と盛んに交流したことが窺える。 縄文時代が好きな人は必見。 当時の人々の生活の営みが垣間見える。 おすすめ度:★★☆☆☆ 2021.06.05
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2022年10月10日に見学しました。 縄文時代前期後半から後期前葉(紀元前3500年〜紀元前2000年)にかけての遺跡と考えられます。縄文海進により、現在よりも海岸線が遺跡に近く、現在の室蘭本線が通っている辺りも海だったのではないかと思います。海岸段丘の崖下が海岸線だとすると、古い竪穴住居は、風浪を避けるため、高い位置に営まれたのも理解できます。また、後期の竪穴住居が海側(台地の先端部)に近づいて営まれたのは、海退によって海岸線が後退し、風浪の影響を受けにくくなったからではないでしょうか。前期から中期の竪穴住居の形が、楕円形ないし長円形という解説でした。集住によって人口が増加し、一つの家屋の入居者数が増えたことに効率的に対応した結果かと思います。また、後期になると円形に変化しています。寒冷化による人口減と居住の分散化が読み取れます。 貝塚から土坑墓が多数発掘されています。前・中・後期と埋葬の仕方にも変化が読み取れて、大変勉強になりました。また、三期にまたがる遺跡であるため、前期の円筒下層式土器→中期の円筒上層式土器→後期の入江式土器と土器編年についても大変参考になりました。 発掘された資料では、北海道に生息していない猪の牙を使った装身具や南方の海にしか生息しない貝を使った腕輪(貝輪)、鹿角製の銛頭・釣針、歯牙製装身具、環状土製品、入江式土器などが上げられると思います。 入江式土器の文様の特徴ですが、クランク状の文様、渦巻文様、蟹のハサミのような文様、波形文様の4パターンが組み合わされたものだそうです。
関清志

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入江・高砂貝塚 ・竪穴住居跡がここでも60センチ掘り下げられており、おそらく寒さ対策だったのであろうと思われる。 ・ポリオ感染の10代後半の少年の人骨が発見されており、手足人骨の細さから考えて歩行はできなかった。が、その年まで生きていたということは家族の支えがあったということ。 ・40才くらいの妊娠歴ある女性の人骨と生まれて間もない幼児の人骨が一緒に見つかる。生まれて間もなく失くなった幼児を悲しみにくれた女性が幼児の遺骨を大切に保管し、自分が失くなった際に一緒に埋葬されたのではないか。一面にベンガラがたくさん蒔かれており、特別な埋葬だったのだろう。一緒に埋められていた緑の小さな勾玉を見たがどう見ても胎児の形に見える。 これも祈りの形か。 ・展示品の漁具につける銛を見たが恐ろしく精巧に作られている。鹿角を削って返しまで作られているので一度刺されば抜けない。あとはイルカやオットセイ類との体力勝負である。紐(縄)の引っ張りあい。 丸木舟でどこまで外洋に出られたのだろう。 ・お墓は住居地域、貝塚と近接しており、分離まではされていない。また形態も土抗墓、配石遺構と環状列石には至っていない。
フ-

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[入江・高砂貝塚] 縄文時代前期末から晩期の貝塚を伴う遺跡 世界文化遺産,史跡 洞爺湖町入江と高砂町の内浦湾を望む標高10メートルから20メートルの台地上に位置する。 貝塚の他に竪穴建物跡(縄文時代前期から後期のものが多い)、土坑墓等から構成される。 貝類のみならず海獣や魚類の骨も見られ、当時のこの地域での漁労文化の発達を物語る。 貝塚は入江貝塚と高砂貝塚に分かれるが、入江貝塚では縄文時代前期末の人骨が4体、中期のものが4体、後期初頭のものが7体の計15体分が出土している。 一方の高砂貝塚では、後期初頭の土坑墓が1基、晩期中葉のものが28基出土している。 イノシシの牙で作られた製品やオオツタノハガイ製貝輪など、北海道では入手できないものも出土したため、他地域と盛んに交流したことが窺える。 縄文時代が好きな人は必見。 当時の人々の生活の営みが垣間見える。 おすすめ度:★★☆☆☆ 2021.06.05
Hiroyuki

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2022年10月10日に見学しました。 縄文時代前期後半から後期前葉(紀元前3500年〜紀元前2000年)にかけての遺跡と考えられます。縄文海進により、現在よりも海岸線が遺跡に近く、現在の室蘭本線が通っている辺りも海だったのではないかと思います。海岸段丘の崖下が海岸線だとすると、古い竪穴住居は、風浪を避けるため、高い位置に営まれたのも理解できます。また、後期の竪穴住居が海側(台地の先端部)に近づいて営まれたのは、海退によって海岸線が後退し、風浪の影響を受けにくくなったからではないでしょうか。前期から中期の竪穴住居の形が、楕円形ないし長円形という解説でした。集住によって人口が増加し、一つの家屋の入居者数が増えたことに効率的に対応した結果かと思います。また、後期になると円形に変化しています。寒冷化による人口減と居住の分散化が読み取れます。 貝塚から土坑墓が多数発掘されています。前・中・後期と埋葬の仕方にも変化が読み取れて、大変勉強になりました。また、三期にまたがる遺跡であるため、前期の円筒下層式土器→中期の円筒上層式土器→後期の入江式土器と土器編年についても大変参考になりました。 発掘された資料では、北海道に生息していない猪の牙を使った装身具や南方の海にしか生息しない貝を使った腕輪(貝輪)、鹿角製の銛頭・釣針、歯牙製装身具、環状土製品、入江式土器などが上げられると思います。 入江式土器の文様の特徴ですが、クランク状の文様、渦巻文様、蟹のハサミのような文様、波形文様の4パターンが組み合...

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入江・高砂貝塚 ・竪穴住居跡がここでも60センチ掘り下げられており、おそらく寒さ対策だったのであろうと思われる。 ・ポリオ感染の10代後半の少年の人骨が発見されており、手足人骨の細さから考えて歩行はできなかった。が、その年まで生きていたということは家族の支えがあったということ。 ・40才くらいの妊娠歴ある女性の人骨と生まれて間もない幼児の人骨が一緒に見つかる。生まれて間もなく失くなった幼児を悲しみにくれた女性が幼児の遺骨を大切に保管し、自分が失くなった際に一緒に埋葬されたのではないか。一面にベンガラがたくさん蒔かれており、特別な埋葬だったのだろう。一緒に埋められていた緑の小さな勾玉を見たがどう見ても胎児の形に見える。 これも祈りの形か。 ・展示品の漁具につける銛を見たが恐ろしく精巧に作られている。鹿角を削って返しまで作られているので一度刺されば抜けない。あとはイルカやオットセイ類との体力勝負である。紐(縄)の引っ張りあい。 丸木舟でどこまで外洋に出られたのだろう。 ・お墓は住居地域、貝塚と近接しており、分離まではされていない。また形態も土抗墓、配石遺構と環...

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[入江・高砂貝塚]

縄文時代前期末から晩期の貝塚を伴う遺跡

世界文化遺産,史跡

洞爺湖町入江と高砂町の内浦湾を望む標高10メートルから20メートルの台地上に位置する。 貝塚の他に竪穴建物跡(縄文時代前期から後期のものが多い)、土坑墓等から構成される。 貝類のみならず海獣や魚類の骨も見られ、当時のこの地域での漁労文化の発達を物語る。 貝塚は入江貝塚と高砂貝塚に分かれるが、入江貝塚では縄文時代前期末の人骨が4体、中期のものが4体、後期初頭のものが7体の計15体分が出土している。 一方の高砂貝塚では、後期初頭の土坑墓が1基、晩期中葉のものが28基出土している。 イノシシの牙で作られた製品やオオツタノハガイ製貝輪など、北海道では入手できないものも出土したため、他地域と盛んに交流したことが窺える。

縄文時代が好きな人は必見。 当時の人々の生活の営みが垣間見える。

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