2022年10月10日に見学しました。 縄文時代後期初頭から晩期中葉(紀元前2500年〜紀元前800年)頃の遺跡と考えられます。近くの入江貝塚と存続期が重なる後期初頭は、比較することで系統性を見い出せると思います。 貝塚の残滓構成を見ると、入江貝塚同様に魚類のものが圧倒的に多く、漁労中心の生活スタイルだったことがうかがわれます。出土した人骨頭部に高い割合で外耳道の異常が見られ、外耳道骨腫を起こしていたと推測されています。冷水に長年触れることで起きる症状だそうです。つまり、寒冷期に入ってからも海に潜って漁労に携わっていたということではないでしょうか。入江貝塚に対して高砂貝塚は、居住していた期間が断続的だったようです。入江貝塚ような崖の上の高台ではなく、高砂貝塚は、高砂川や赤川沿いの緩斜面に立地しています。津波の影響を受けやすい場所だったのではないかと妄想してしまいました。 貝塚から墓坑と人骨が多数発掘された中に、抜歯された頭骨が含まれています。中期以降に見られる成人の通過儀礼ではないかと言われています。抜歯位置と血縁血族関係、埋葬場所と様式差異との相関が研究されていますが、確かなことは、不明です。 出土した土器類は、余市式、入江式、大洞C2式、桃内式などです。 墓坑群やその近くから配石遺構や祭祀に使われたと思われる土偶、ベンガラを入れた壺、ヒスイ製玉、黒曜石製石鏃などの副葬品も出土しました。 日本の土壌は、酸性のため、生物由来の遺物は、分解されてしまい遺らないのが普通です。貝塚は、アルカリ性の土壌のため入江・高砂貝塚からは、多くの人骨が発掘されました。縄文人を科学的に分析するために大変...
Read more入江貝塚と高砂貝塚は資料館を挟んで南北に分かれていて、その北側にあるのがこちらです。入り口の向かい側に駐車場(大型5台、乗用車4台)がありますが、一帯にはトイレも水場もありません。その入り口から草っ原が広がり、貝塚や住居跡、畝跡が案内板と共に確認できます。集落跡には土坑墓もあったそうです(場所の解説なし)。住居跡は雑草ぼうぼうで炉は見えず、畝跡もよくわからず終いで残念な扱いでした。アイヌの人々が後の時代に住んだ形跡があるということもわかっていることが興味深かったです。...
Read more内浦湾(水産資源が豊富)を, 望む 標高 約10mの低地に, 立地. ここら辺一帯, 砂浜が, 発達していたらしく, 一時的寒冷化の状況だった事が, 分かっています. 竪穴式住居跡や居住域, 土坑墓, やはり此処からも, 貝類, 魚骨, 獣骨など色々と, 出土しています. 貝塚を伴う, 共同墓地, 沿岸地域の祭祀,...
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