2022年9月17日に参拝しました。 亘理伊達家初代成実(しげざね)は、伊達一門である伊達実元(さねもと 伊達政宗の祖父晴宗の弟)の長男として永禄11年1568年信夫郡(現福島市郊外)大森城に生まれました。17歳の時に父の跡を継いで一歳年上の伊達政宗に仕えました。 人取橋の戦いや摺上原の戦い等、武功を上げ、豊臣秀吉から伊達政宗が疑われた時も、人質となって伊達家のピンチを救いました。一時期、政宗と不仲となり、高野山にこもったこともありましたが、関ヶ原の戦いが起こると、上杉方白石城を攻めました。その武功が認められ、慶長7年1602年に亘理領主となり、伊達家に戻りました。 政宗の9男宗実を跡継ぎに迎え、正保3年1646年79歳の生涯を終えました。明治12年に伊達成実は、神号武早知雄命として亘理神社に祀...
Read more亘理要害跡に立つ神社 亘理伊達家の初代当主「伊達成実」公をまつる神社です。特に活気もなくひなびていますが、広い敷地に城跡の面影を感じとることができます。十分に管理されているとは言い難く、少々荒れ気味に感じます。明治に入ってからできた神社なので歴史はあまり古くありません。また、駐車場に難があるため、亘理町の比較的中心部にあるのに訪れる人が少なくなっています。 今後、町による駐車場や観光施設などの設置が...
Read more亘理町の中心部に鎮座する亘理神社。祭神は武早智雄命(伊達成実公)。鎮座している場所は亘理城(亘理要害)本丸跡であり、境内の周囲には当時の内堀が残されており、本丸跡は現在、亘理神社と公園に整備されています。
「伊達成実公の御舘」があった場所にちなみ、亘理神社は地元の人々からは『おだて』と呼ばれ親しまれています。
(御...
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