【 富貴寺について 】
大分県豊後高田市の富貴寺は 平安時代に宇佐神宮大宮司の氏寺として開かれた。日本三大阿弥陀堂の一つである。 寺伝によると、養老2年 (718年) に、宇佐八幡神の化身とされる仁聞菩薩によって創建されたという。 国東半島の六郷満山の寺院の多くは、養老2年に仁聞菩薩が開基したとの縁起を伝えており、伝説上の人物とされている。 富貴寺大堂は平安時代後期 (12世紀頃) の建築とされる阿弥陀堂建築で、内部の壁画と共に平安美術の傑作とされる。
【 末法思想と阿弥陀堂について 】
平安時代後期の永承7年(1052年) は末法元年とされ、政治的には摂関政治から院政へ、時代的には貴族政治崩壊期から武家社会への移行期となり、仏教界では現世利益を求めて僧職の堕落や寺領荘園を守る僧兵の登場などが起こり、折からの戦乱・疫病などの社会不安とあいまって、社会の大きな過渡期となっていた。
こうした世相を背景に、釈迦の入滅後、年代が経つにつれて正しい教法が衰滅するとする末法思想が平安貴族社会に広がった。末法思想は、末法の世は仏の教えが廃れる乱世であるとする予言思想であり、平安末期から鎌倉時代にかけて全国に広まり、末法の克服を掲げる源空 (法然)、親鸞、日蓮らの新しい仏教への道を開いた。
中国で隋・唐の時代に末法思想が盛んとなり、阿弥陀仏の名を唱えること (称名) によって浄土に往生することができるという浄土教といわれる仏教の一派が生まれた。日本では、源信、源空 (法然房源空. 法然上人) がこの影響を受けて浄土信仰を確立した。 浄土信仰は末法思想に立脚し、末法濁世の衆生は、阿弥陀仏の極楽浄土に往生し救済される (仏にすがって極楽浄土に生まれ変わる) という教えを説いた。
釈迦入滅後 2000年という末法が到来する 永承7年 (1052年)、関白 藤原頼通は、宇治 平等院に荘厳な鳳凰堂 (阿弥陀堂) を建立し、庭園とともに優美で華麗な極楽浄土を体現した。 阿弥陀堂内には金色の阿弥陀仏を安置し、壁に極彩色の画を描いて極楽浄土を表現するのが一般的であった。 阿弥陀堂と庭園という構成で極楽浄土を体現したスタイルは奥州藤原氏にも伝わり、中尊寺金色堂 (1124年. 岩手県平泉)、白水阿弥陀堂 (1160年. 福島県いわき市. 建立者である徳姫は奥州藤原氏3代秀衡の娘) が建立されている。
【 富貴寺大堂について 】
富貴寺大堂は、中尊寺金色堂、平等院鳳凰堂と並ぶ日本三大阿弥陀堂とされる貴重な阿弥陀堂であり、現存する九州最古の建築である。 正面3間・側面4間で回縁があり、屋根は宝形造で筋くれ立つ竹を並べたような行基葺。壁部はすべてカヤの白木が用いられ、内部は板敷・格天井で、中央の4本の柱をはじめ極彩色の絵画の跡が残る。
富貴寺大堂は...
Read moreCute temple. Very small. Currently costs ¥500 to enter because there’s a 900 year old wooden Buddha inside. The Goshuin stamp is cool. There’s a little area to walk around. They have really nice hand made omamori though! You get a post card and things with the...
Read more山門を入ってすぐ右側にある本堂は2021/6現在改修中で本堂の仏像は大堂に祀られています。午前7時からの勤行と座禅の体験をしました、「塗香」はしっかり手を洗っても翌朝もまだ香りました。 勤行は宗旨・宗派によってさまざまですが朝のお勤めでは、声明(メロディーのついたお経)や「般若心経」などをお唱えしています。 初めての座禅でしたが、住職から丁寧に説明いただき、初めの時間帯はなかなか無になれず頭の中を色々な考えが駆け巡りますね。 大堂の説明もご丁寧にして頂きました。 住職のお話で皆さんこちらが本堂と勘違いされて...
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