神奈川県伊勢原市上粕屋に鎮座する上粕屋神社の直書き御朱印を頂き参拝。 主祭神は大山咋神、大穴牟遅神、若山咋命で、明治以降の合祀祭神も数多くあられます。
正確な創建年月日は不詳。しかし大同年間(806年〜810年)・弘仁年間(810年〜824年)に近江国から日吉神を勧請したとの申し伝えが残されています。 又、風土記稿には天平年間(729年-749年)に、大山(阿夫利山・雨降山)の大山寺開創の際、僧良弁がこの地に山王社を勧請したのが起源と書かれています。
扇谷上杉氏の居館、糟屋館跡(現・産業能率大学キャンパスと新東名高速道路)がすぐ近くにあり、この糟屋館(扇谷上杉館)の鎮守であったそうで、この神社裏手には空堀が残されています。 又、この館は大山山麓の扇状地に位置しており、相模野を見渡すことが出来る地となっている。 そして主君である扇谷上杉氏に讒言により討たれた家宰・太田道灌の胴塚、その太田道灌に付き従い共に討たれた七人が弔われた七人塚もすぐ近くにあります。
太田道灌は風呂に入っていたところを襲われそのまま糟屋館から逃亡。近くの洞昌院まで来ますが山門が閉ざされておりそこで息絶えたとされています。
その後、江戸時代までは古義真言宗の日吉山吉祥院が別当寺を務めていましたが、明治以降昭和41年まで4度の合祀を受け現在に至ります。
境内はとても広く、神社でありながら鐘楼があるのが印象的でした。
御朱印はこの上粕屋神社から大山方面へ向かった同じ上粕屋に鎮座する、本務社の子易明神...
Read more上杉定正の館の守護神社であった、とある。 今は上粕屋神社とあるが、山王社、山王日枝神社と称してきた。 良弁僧正が大山寺を開創したときに勧請し、毎年12月20日には社地の中で年の市がたったという。 社の裏手にまわると、館の空堀の跡があるとのこと。 ____________________
❸【参考 伊勢原市石田の歴史 1981年】
上杉館の鎮守であったという山王社がある。山王社は天平年間(729年~749年)、良弁僧正が大山寺を開創したときに勧請し、毎年12月20日には社地の中で年の市がたったという。
山王社の裏手へ出ると、東南から北西へかけて上杉定正(さだまさ)の館の空堀の跡がある。空堀を越えた一帯の台地が上杉館の跡であるという。
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❷【参考 伊勢原市石田の歴史 1983年】
上粕屋神社
むかしは山王日枝神社といった。上粕屋、山王原に鎮座する。 古くは上杉定正の館の守鎮守であった。
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❶【参考 新編相模風土記稿 1830年】
山王社
小名_山王原の鎮守という。 槻(つき・ケヤキの古木の意)の大木(囲い6,6m(2丈))を神木とする。 鐘楼 明暦3年の鋳造の鐘をかける。
天平年中(729年~749年)僧 良辨(りょうべん)の勧請であるという。 天正19年(1591年)11月に社領1石5斗の御朱印を賜る。
[鎮座地] 上粕屋村 [例祭日] 6月22日 毎年12月20日社地に年の市が立つ。 [社殿および] 幣殿 拝殿 神楽殿 [末社] 稲荷社...
Read more上粕屋の鎮守で天平勝宝7年(755年)奈良東大寺の別当、良弁僧正が大山寺の開創に先立ち守護神として山王日枝神社をこの地に勧請したと伝えられています。
参道の桜や🌸季節の花が🌷綺麗に咲き気持ちの良い所です。☺️ 境内御神木の膨らみを撫でると乳の出が良くなると地域の言い伝えがあるようです。😲 社殿の上部を見ると亀🐢の彫り物が😲 私のオススメは社殿裏で参拝されると良いと感じます。...
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