多宝塔は仏塔の1形式で仏舎利(釈迦の遺骨など)を安置した仏教建築のことなんだそうです。ではなぜ仏教建築か神社にあるかというと、金鑚大師で頂いた栞によれば、明治維新の神仏分離令によって金鑚神社と金鑚大師に分けられ、多宝塔は神社の所有になったそうです。 なお、案内板によると多宝塔は阿保郷丹荘の豪族、阿保弾正全隆が寄進したもので、建立年代の明確な県有数の古建築として国指定の重要文化財になっているそうです。 多宝塔は坂を上がった、チョット小高いところにありますが、この坂は落ち葉がたくさん積み重なっているのか、とてもふかふかしていました。あまり上まで登ってくる人はいないのかな。
下記は案内板に書かれた内容です。 金鑽神社の境内にあるこの多宝塔は、三間四面のこけら葺き、宝塔(円筒形の塔身)に腰屋根がつけられた二重の塔婆である。 天文三年(一五三四)に阿保郷丹荘の豪族である阿保 弾正全隆が寄進したもので、真柱に「天文三甲午八月晦日、大檀那安保弾正全隆」の墨書銘がある。 この塔は、建立年代の明確な本県有数の古建築であるとともに、阿保氏に係わる遺構であることも注目される。...
Read more金鑚神社と書いて【かなさなじんじゃ】と読む。 「金鑚」の社名には所説あるようだ。 埼玉県北西部に立つ御嶽山の麓に鎮座し、御嶽山からは鉄が産出。周辺を流れる神流川では良好な砂鉄が得られたという伝承があり、砂鉄を意味する「金砂(かなすな)」を語源とする説、 産出する砂鉄が昆虫のサナギのような塊だったため「金サナギ」を語源とする説。 また、在所する埼玉県児玉郡では、県の調査報告において...
Read more子供の頃祭礼や初詣によく来た露店も出てそれなりに賑いた、多宝塔が重文だなんてgoogle...
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