訪問日:2024/09/04 JRの「駅からハイキング」で歩き始めてすぐ、1箇所目の立ち寄りスポット、六所神社の入り口が。と同時に、今まで特に見なかった歩行者の存在を感知。しかも、ハイキングに行きますよという服装に、私と一緒のものと思われる白い地図。神社全景の写真を撮っていた。反射的に私は神社入口から離れ、外周を歩く。あくまで今日は「1人」ハイキングだ。向こうもハイキングとなると、気まずい雰囲気をかき消してくれるかのように私に話しかけてくるかもしれない。そうなれば、一人気楽なハイキングをするつもりがかえって互いに気を遣わせるご接待ハイクとなる。お互い休日だ。先方も私なんかの接待はゴメンだろう。私は決して運動神経の良い方ではないが、脳内ではこうした状況判断がわずか2、3秒のうちに出され、私は神社外周を歩くという行動につながった。
しかし、外周を歩くということは悪いことではなかった。途中に現れた小さな鳥居を潜り、高く伸びる木々の間を通り社殿横からアプローチする。社殿自体は小さいが、木が拡声器のようにこの神社の存在を大きく知らしめる。私は...
Read more御祭神は武甕槌命・倉稲魂命・伊邪那美命・天御中主命・別雷神・応神天皇。創建は康平年間(1058~1064)に源義家が奥州征伐の途中,この地で戦勝を祈願して八幡宮を勧請したのがはじまり。明治6(1873)年,一郷一社の制によって,下郷地区の五社(古山の鹿島神社・大網雷神社・新渡戸の稲荷神社・茅生の星宮(現・妙見神社)・室野の熊野神社)をこの地(上町)の八幡神社に合祀して六所神社と改称したそうです。 駐車場もある広々とした境内は丁寧に掃き清められ,なかなかの格式高き社であるとともに地域から尊崇を篤く受けている社であることは明らかです。社殿も勇壮,鎮守の杜もさわやかにして,良き神気が漂っているようです。境内社に珍しい蚕影神社も鎮座していらっしゃいました。今日はお祭りがあるのでしょうか...参拝していると,少しづつ人々が集まりだしており,帰りに見ると,鳥居左側の建物のシャッターが開いていて,非常に立派な山車を拝...
Read more六所神社は、明治になるまでは「八幡神社」と呼ばれ、言い伝えでは康平年間(1058年~1064年)源義家が奥州征討に向かう際、戦勝祈願のために勧請したといわれています。 また、六所神社の名称は明治6年(1863年)明治政府の一郷一社の制を受け下郷に存する五社(古山の鹿島神社、大網の頼神社、新渡戸(にわつど)の稲荷神社、茅生の星の宮、室野の熊野神社)を八幡神社に合祀し、八幡神社を六所神社...
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