決して歴史の表には出ない「秘密戦」に特化した資料館。建物そのものも貴重な戦争遺産。「新しい戦前」とも言えるであろう今だからこそ知って置きたい歴史の真実の数々。資料提供者(関係者)の積年の葛藤と苦悩。そして現在社会にも繋がるしがらみ。キャンパス内の痕跡と併せて是非とも訪ねてみたい資料館。 見学会(要予約・参加費無料)は是非ともお勧めします。案内役の山田館長のお話にはやはり強い想いが感じ取られます。ユーモアも交えながら大変分かりやすくお話しして頂けて質問にも丁寧にお答えして頂けます。貴重なお話し有難うございます。
資料館近くの倉庫跡(通称弾薬庫跡) 資料館の事務所の方に見学希望と一言掛ければ内部を見学できます。通称弾薬庫と呼ばれていましたが実際には薬品倉庫として使われていたそうです。以前、自衛隊関係者の方が電気のスイッチを見て「弾薬庫は有り得ない」と話したそうです。
一号館裏の倉庫跡(通称弾薬庫跡) 足元は整備されてませんが校舎に沿って前まで行く事が出来ます。戦後、花卉園芸同好会の部室として使われていたそうで、花卉園芸同好会と書かれた文字も含め次の時代には貴重な遺産となることでしょう。
図書館近くの消火栓 直ぐ側に植村直己氏のモニュメントがあります。昭和の時代を良くも悪くも対象的に象徴するツーショットが撮れるポイントです。消火栓は大学食堂入口にも有りますがこちらの消火栓の方が状態良く残っています。ぜひ、山田館長の解説に注目して下さい。
他の痕跡(動物慰霊碑・生田神社・五号棟跡地・明大馬術部)についてもそれぞれ投稿しています。...
Read more陸軍第9研究所=秘匿名:登戸研究所。陸軍中野学校や中国黒竜江省のハルビンに拠点を持つ関東軍防疫給水部本部=秘匿名:関東軍731部隊と連携し諜報・謀略・生物兵器・化学兵器・偽札製造・殺人光線・毒物などが開発された。中野学校、731部隊と並び旧日本軍の最高機密に属し指令部の参謀本部の中でも一部の人間しか内情を知らなかった。その為国家予算も贅沢に配当され研究施設も多分野に広がり所員も一千人に及んだ。中でも風船爆弾、殺人電波光線、偽札製造はインパクト絶大である。戦後、登戸研究所の施設の土地の一部を明治大学が購入。大学の生田キャンパス内に施設が無造作に放置状態だった。近年になり平和教育の一環として、大学や地域で保存化が進められ立派な資料館が建てられた。残念ながら何棟かの施設は解体されて、その建物の一部が保存されているのは大変貴重な戦争の生き証人です。教科書や授業では習えない大日本帝国の闇の部分を自らの目と肌で感じて下さい。興味の沸いた方は、2012年に公開された映画。『登戸研究所*完全版』のDVDが、株式会社マクザムから発売されてます。入館料は無料。スタッフに問い合わせれば、ガイドも付けて分かりやすく解説し...
Read more旧日本軍の研究所の一つである通称登戸研究所の跡地が、明治大学生田キャンパスの敷地にあったとは知らず、驚きでした。生田駅から徒歩で約10分強、大学内の奥まった場所にあります。外側から見ると思っていたよりも小さいように見えますが、内部は資料がずらりと並んでおり、展示や映像をみていると、あっという間に2時間経っていることに気づきました。旧日本軍の研究所というと人体実験というおぞましい衝撃から731部隊がすぐに思い浮かびますが、この登戸研究所も、米国への風船爆弾や、主に動植物を狙った細菌兵器の開発研究が行われていたとのこと。このような歴史は敗戦とともにほとんどの資料が焼却され、また隠蔽されるにもかかわらず、登戸研究所の数少ない証拠からここまでの情報が解き明かされるのだと驚愕しました。登戸研究所には多くの民間人も勤務していたということで、当時、戦争と日常生活は私が思うよりももっと密接にあったことが伺い知ることができました。普通に生活しているだけではこのような歴史は学ぶことができない。日本人として、日本という国の明るい部分だけでなく、陰の黒い部分も、目の当たりにしなければならないと強く感じ...
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