群雄割拠の戦国時代に一度は四国をほぼ手中に収めた長宗我部元親公を御祭神とする神社です。(2024年2月16日参拝)
織田信長に領地を攻められかけた時に本能寺の変が起き一度は助かりますが、続く豊臣秀吉の四国征伐にてその軍門に下りました。
その後は土佐一国の大名として、秀吉の九州征伐や小田原征伐等に参戦します。
‘’信長の野望‘’でも初期能力設定が高い武将の一人です。 周りに強い国がないので、ここから始めると結構楽に領土を拡げられる為、お気に入りの武将だったりします。
御祭神の神社と菩提寺が別々の場所にある事が殆どなのですが、長宗我部元親公の菩提寺については境内に揃っているため本当に助かります。
御朱印は宮司さんが社務所におられる時は書いて貰えます。 たまに尺八を演奏してられる時がありますので、その時はタイミングを見計らって声を...
Read more若宮八幡宮の近くにある長宗我部元親公を祀る神社です。若くして戦死した元親公の長子である信親公も合祀されていて、元親公の跡を継ぎ、武運つたなく大阪の陣で敗死した盛親公の慰霊碑もあります。 親子二代にわたって司馬遼太郎の長編の主人公になっているのは元親公(「夏草の賦」)と盛親公(「戦雲の夢」)だけなのですが、元親公はともかく盛親公は高知においても扱いが粗略です。ここにある慰霊碑も新しく、つまりは長らく顧みられていなかったことがうかがえます。「戦雲の夢」で描かれた、どん底から這い上がる盛親公の姿は現代においてこそ共感を呼ぶものだと思うのですが。 長宗我部家に思い入れがないと本当に見るものがないので評価は★二つとしていますが、盛親公推しならとり...
Read more【秦神社:はだじんじゃ】 高知県高知市長浜
秦神社4〜7枚目、雪蹊寺が廃寺になった時に安置されていた元親の木像や戸次川合戦戦死者の霊板などを御神体として創建された 日本で唯一、長宗我部元親を主祭神として祀る神社です
社名は、長宗我部氏が中国秦王朝の始皇帝の子孫とされる秦河勝の後裔と称した事による
秦河勝:日本に養蚕、機織技術を伝えた人
長宗我部盛親:長宗我部家最後の当主。関ヶ原合戦で西軍に属し浪人、大坂の陣に参戦したが敗北。...
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