丹生神社(にうじんじゃ)。三重県多気郡多気町丹生。
式内社(小)、旧村社。
主祭神:埴山姫命(はにやまひめのみこと、土の神) (配祀)美津波女命 (合祀)天照大神 栲幡千千比売命 武甕槌命 斎主命 ほか 【関係氏族】丹生氏 【祭祀対象】水銀採取の土神
【境内社】丹生中神社(にゅうなかじんじゃ) -...
Read more継体帝の御代、523年の創建と言われ、埴山姫命(土の神)と水波賣命(水の神)を主祭神とし、ほかに16柱を祀っている。境内社の丹生中神社とともに延喜式神名帳に記載がある古社。続日本紀には698年、伊勢國から朱砂(水銀)が奉献されたとあり、聖武帝が東大寺大仏殿建立の際、この地の神に祈ると、たちまち水銀が湧出したので、743年には"丹生明神"の名を賜った。ちなみに、大仏のメッキには約2Tの水銀が使われたと推定されており、大半が伊勢國丹生産だったと言われている。 中世、国司の北畠氏が保護し、社殿造営に奉仕した。1619年には紀州藩から社領30石が認められ、1677年から伊勢神宮の遷宮の翌年その古殿材を拝領して造営することが、1930年まで続いていた。1776年から紀州藩寺社奉行の支配を受け、境内は御免許地となっている。明治に入って、村社となったほか、1908年には境内社15社を合祀し、現在の形になっている。 23/11/27、神宮寺を参拝した後、丹生神社をお詣りした。神宮寺と接した境内で、はっきりしていないが、明治の廃仏毀釈の影響はなかったんだろうか。(いただいたパンフレットには触れられていないので、影響がなかったんだろう) 境内はきれいに整えられていて、いまでも多気町の柱になっているのだろう。伊勢椿の原木があったり、ご神木の梛の木が...
Read more丹生神社は平安時代かそれ以前に珍重された顔料である丹(朱色)がこの地から掘り出されることから地名にもなったと考えられる。
丹頂鶴は頭が赤いから頂部が丹の鶴と云うように、丹は赤い鉱物の「辰砂」といい、化学的には硫化水銀の事を指すようです。
由緒書にもありますが、継体天皇十六年(523年)にご鎮座されてます。 とても歴史ある神社です。
延喜式九巻の神名帖の飯高郡九座に「丹生神社」と「丹生中神社」が記載されています。 今は多気町ですが平安時代は飯高郡に含まれていたのです。 ちなみに「多気」は昔「多氣」と表記していた様です。延喜式にも「多氣郡」と書かれています。 御祭神は埴山姫命・水波賣命ほか16柱。
そんな貴重な顔料を産出するこの地の神様として祀られていたと考えられます。 紀伊半島を横断する中央構造線(紀の川〜櫛田川)は水銀を産出するようで紀の川沿いに「丹生」と名の付く丹生都...
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