#八坂神社、お祭りもあります^^やはり古川は八坂神社がしっくりきます! #御朱印は書き置きを300円で頂戴しました。 #現在大崎市に伝わる伝統行事の「先陣・後陳」は、徳川時代から祇園八坂神社に伝わる由緒ある行事です。このように伝えられている「先陣・後陳」は、元禄十五年(1702年)旧6月15日の祇園社の祭礼にあたる、神輿渡御に際し、沖稲葉村を「先陣」、中里村を「後陳」と定められました。この行列はそもそもが、稚児の殿様をお護りする行列であったことから、「大名行列」と称されるようになりました。 #祇園八坂神社は第十五代桓武天皇延暦二十三年(804年)に、征夷大将軍として任命された坂上田村麿将軍が、東征の際に戦勝祈願として京都の地より稲葉に勧請したのが始まりとされております。 当時より「祇園社」と呼ばれていました。その後様々な争いにより荒廃や焼失などを繰り返しましたが、慶長5年(1601年)に、藩主である伊達政宗公によって再建され、現在まで残されてきました。先陣・後陳大名行列」は古川で行われる行事の中で特に、慶賀の時にのみ行われ、祇園八坂神社に伝承されてきた伝統ある行事です。 #祇園八坂神社は第十五代桓武天皇延暦二十三年(804年)に、征夷大将軍として任命された坂上田村麿将軍が、東征の際に戦勝祈願として京都の地より稲葉に勧請したのが始まりとされております。 当時より「祇園社」と呼ばれていました。その後様々な争いにより荒廃や焼失などを繰り返しましたが、慶長5年(1601年)に、藩主である伊達政宗公によって再建され、現...
Read more祇園八坂神社の創建は、平安時代初期の延暦23年(804年)、坂上田村麻呂が戦勝祈願として勧請したとの伝承があります。
案内板によりますと、平安時代の天慶3年(940年)、藤原秀郷が奥州鎮定のために将兵の武運長久を祈願し、京都の祗園社の分霊を勧請したものであります。
その後、兵火に遭い、社殿も焼失して荒廃してましたが、慶長年間に伊達政宗により、社殿堂宇も復興し、志田郡の総鎮守として崇敬されています。
祭神:素戔雄神、大年神、稲田姫神、八王子神、大国主神、事代主神、奥津彦神、奥津姫神
境内社:不動尊、金毘羅大権現、地蔵尊、天神社、不動尊社、穴守稲荷神社、白山...
Read more鮮やかな朱塗りの鳥居と数多の末社・摂社が印象的な神社。由緒は古代桓武帝の御代、征夷大将軍坂上田村麻呂東夷征討にあたり、須佐之男命に平定を祈願せしところ、戦勝を得られたため神恩をもって当地稲葉に神霊を勧請、延暦二十三年、社殿を建立せしことに始まる。以降、度々戦火により荒廃するも、朱雀帝の御代、下野国押領使藤原秀郷公により再建されるも再び荒廃、慶長年間伊達政宗公により社殿再建、現在に至る。末社・摂社は稲葉の十方位に鎮座せし社を昭和九年、当地に合祀したもの。御朱印あり。ただし、社務所はお留守が多く...
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