こちらは曹洞宗の寺院。
金山城城主、室町末期から戦国時代の横瀬氏・由良氏の菩提寺です。
歴史的に当地では有名な新田義貞(1301〜1338年)は鎌倉時(1185〜1338年)代末期の武将ですが、まだ金山城もできていない時代です。
代々この地を治めていた、新田一族の末裔の新田岩松氏が金山城を築城(1469年)し、岩松氏の家臣だった横瀬氏が下剋上で城主となり(1528年)横瀬氏は由良氏と改名しました(1565年)。 その横瀬氏・由良氏の菩提寺が金龍寺です。 金山の麓、この地方では有名な「大光院」通称、呑龍様(浄土宗)より少し北側に登った場所に金龍寺はあります。 金龍寺が見えたら道から門前の駐車場へ入り、階段を20メートル位登ると金龍寺本堂です。
禅宗の寺院らしく、静寂な空間ですね。 深緑の季節の朝とか、紅葉の季節は特にとてもきれいな寺院です。
伽藍や屋根瓦には新田の家紋「丸に一つ引き紋(大中黒.新田一つ引き)」が見られます、また徳川氏の家紋の三つ葉葵もあります。 是非確認して下さい。
当地の英雄...
Read more大光院の隣『金龍寺』です。
金龍寺所在地:群馬県太田市金山町40-1
金山城主横瀬氏の菩提寺。歴代金山城主の五輪塔や新田義貞の供養塔があり、市の重要文化財に指定されています。
以下、太田市HPより 大田山金龍寺は曹洞宗の寺で、寺伝によると、寺名は新田義貞の法名「金龍寺殿眞山良悟大禅定門」にちなんだものです。創建は応永24年(1417)に横瀬貞氏がその祖とした新田義貞を追善供養するため開基したとされています。近年の研究によれば、金山城の重臣であった横瀬氏が文明年間(1469~1486)に創建したとする説が有力です。 その後、金龍寺は下剋上により新田(岩松)氏を退け金山城の実質的な城主となった横瀬氏(のち由良氏)一族の菩提寺として興隆しました。しかし、天正18年(1590)、金山城の廃城に伴ない、由良氏は常陸(茨城県)牛久に移封され、金龍寺も寺僧とともに同地へ移りました。現在の金龍寺は慶長年間(1596~1615)に、この地を領した館林城主榊原氏により再興されたものです。
由良氏五輪塔は9基あり、横瀬国繁から由良成繁に至る歴代の金山城主とその一族を弔うために造立されたものと考えられています。安山岩製で、それぞれに紀年銘・法名・五大が刻まれています。
新田義貞公供養塔は五輪塔の奥、最上段にあります。寛永14年(1637)、新田義貞三百回忌法要に際し造立されたものです。銘の入った石英斑岩製の基礎部の上に、安山岩製の多層塔を重ねたもので...
Read more閑静な境内と新田義貞公の供養搭があり歴史を感じられます。
『新田氏ゆかりの地巡り』で訪問しました。 曹洞宗のお寺さんって個人的に凄く好きなんです(^_^) 境内がとても綺麗に手入れされていて、空気がピンっとしているお寺さんがとても多いです(個人の感想です) 此方の金龍寺さんは正にど真ん中ストライクでした!!
『不許葷酒入山門』を見ると身が引き締まる思いですが……
誰かがお地蔵様の前にワンカップを……
静寂な空気のなか境内を参拝し新田義貞公の供養棟に手を合わせて庫裏にて御朱印を頂戴しました。 その際本堂に入って参拝したい旨をつたえると快く快諾してくれました… さらに線香を少し頂いて義貞公の供養搭に手向けたいと尋ねたら此方も快諾してくださいました!! さらに、情熱が通じたのかさらにサプライズもありました!!大変感謝です!!! むしろ、興奮しすぎて御朱印の初穂料を払い忘れかけて申し訳ありませんでした(。д
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