お寺から少し坂を登ると、墓地の中に「普化鐘楼」という彩色された鐘撞き堂が建っている。 なぜか誰も口コミで触れていないが、これは大正時代末期に起きた関東大震災の折、不安心理の中、「朝鮮人が暴動を起こし、略奪を行い、井戸に毒を投げ込んでいる」といったデマに踊らされた民衆が、自警団的に朝鮮人を捕らえ、暴行したり殺害した件についての、慰霊のためのお堂なのである(信じられないという人もあろうし、長らくタブー視されていたが、多くの公式記録にも、子供の作文にも書かれて、規模はともあれ、起きたことに疑いはない。親韓嫌韓に関係なく、事実である)。 主に東京市内において、こうした虐殺が起きたと思っていたが、千葉でも同様のことがあったと見える。 実際は、朝鮮半島出身者が犠牲になっているのだが、ここに掲示されている趣意の文章(1985年)には、「韓国人」と書かれている。政治的な背景も感じさせて、非常に興味深い。
〈普化鐘楼...
Read more【八千代市 御朱印巡り】 ◉お寺...
Read more山号を高津山と号し、十九夜観世音菩薩を御本尊とする曹洞宗の寺院で、寛永12(1635)年5月に能岩天藝大和尚が開基したとされますが、創建年代等は不詳です。境内の大師堂は、愛宕山貞福寺(八千代市吉橋)の存秀法印が千葉郡(西部)・葛飾郡・相馬郡・印旛郡(西部)の四郡にある大師堂を巡る札所として文化4(1807)年に開創、その後明治42(1909)年に白井村・梶原石五郎氏などにより再興された『吉橋大師八十八ヶ所霊場』、現在の『下総四郡八十八所霊場』の10番札所に指定されています。また、境内には『八千代八福神』の布袋尊が鎮座、平成元(1989)年11月に八千代市仏教連合会と八千代市郷土歴史研究会が八千代の『八』にちなみ、七福神に吉祥天を加えて『八千代八福神』として設置しました。整備された広い...
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