大幢寺には『坐禅石』という高山市指定の天然記念物があります。境内に上る階段を上りきったところにあるのですが、立て札によると面白い言い伝えが書いてありました。それによると、「大幢寺の本寺である高山の雲龍寺の開山、了堂真覚和尚がいつもこの岩の上で坐禅を組んで修行しておられた。ある時、白髪の翁が現れて、『われは一の宮の神であるが、今、法を求めてここに来た』と申された.和尚は佛国単伝の正脈を授けまいらせた、翁は殊の他満足されて『如何にしてこの報恩に報いん』と申されたので、和尚は『前の宮川の流れが滝のようで読経の妨げになるから、神の御力によって、音を止めて頂きたい』と申し上げると『それはいとも易きこと』と云って忽ち姿が消え失せてしまった。やがてあじめに命じて川の水を地下に潜らせられたと云う。それ以来、寺前の流れは伏流するようになった。あじめは一の宮の神のお使いの魚として村人は捕獲したり食べたりはしない。」(宮川のアジメドジョウと坐禅石)実際に一ノ宮を流れる宮川には水がなく、伏流水となって地下を流れています。大幢寺には臥龍桜を始め数々の逸話があります。桜を愛でるだけでなく、歴史のあるお寺の趣きやそういった伝承を知ること...
Read more神護山大幢寺(だいどうじ)といい曹洞宗のお寺です、御本尊は十一面観世音菩薩になります。 飛騨三十三観音霊場の参拝でお伺いしました、霊場御本尊はお寺の御本尊と同じく十一面観世音菩薩で霊場第九番札所になります。 大幢寺の開山は高山の雲龍寺第十世伝奥禅同和尚です天文八年(1539年)に開かれています。 その後天正八年(1580年)に三木三澤が旅の僧より十一面観世音菩薩を譲り受け大幢寺に安置したと伝わる、天正年間(1573年~1592年)に金森氏と三木氏の戦いにより大幢寺は焼失し御本尊も被害に遭ってしまいましたが、金森長近公が御本尊十一面観世音菩薩を以前の姿に復元し大幢寺御本尊として安置されました。 その戦火の際に隣の信心深い次郎七という者が観音様を心配し寺の参道の途中まで来た時に「次郎七よ心配することなかれ我ここ迄退れ来た」とお姿を目前に現わされたということから、その地を観退きと名付け聖地としたという。 大幢寺境内にある樹齢千百年をこえる古木の臥龍桜が有名です、国の天然記...
Read more一之宮町を流れる宮川は伏流水となっているのですが、それにまつわる言い伝えがこのお寺にはあります。また樹齢1100年以上と言われる臥龍桜もあり、ありし日の、群雄割拠、栄枯盛衰、下克上…現在までの出来事を見て来た生き証人でもあります。大幢寺はそんな桜の老木と共に歴史を見つめて来ました。そう思いながら本堂を見ればなにやら感慨深いものを...
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