「時を超える神秘 -...
Read more砥鹿神社(とがじんじゃ)。 式内小社、三河国一宮。旧社格は国幣小社。 東海地方の総鎮守として崇敬される。 本宮山(豊川市・岡崎市・新城市の境、海抜789m)の山頂に奥宮(豊川市上長山町本宮下)、山麓に里宮(豊川市一宮町西垣内)が鎮座する。
資料によると、 創祀年代は不詳。 『砥鹿大菩薩縁起』によると、文武天皇大宝年中、天皇が御病気の時、「公宣」卿(社家草鹿砥氏の祖)が、参河國設楽郡煙巌山の勝岳仙人のもとに勅使として派遣されたが、道に迷い、本宮山に踏み入った。 この時、砥鹿神が老翁の姿で出現し、助けたことにより、文武天皇の勅願により、本宮山麓に宮居を定めた。 その時、清流に衣を流し、流れ着いた地に社殿を建てたのが本社。
砥鹿神社は、本宮山山頂の奥宮と、麓にあり、豊川の側に鎮座する、この里宮によって構成されている。 奥宮が山岳信仰、里宮が川神への信仰と起源とし、二つの信仰対象が合体したという見方もあるようだ。
現在も砥鹿神社奥宮が鎮座する本宮山は東三河地方では中心的な孤峰であり、山中には磐座、山麓には古墳群の分布が知られることから、古代から山自体を御神体として信仰する山岳信仰の対象であったと考えられている。また上記伝承に見える草鹿砥氏は砥鹿神社の旧社家で、同氏は穂別の後裔と伝えることから、かつて当地一帯を治めたとされる穂国造により奉斎されたと推測する説がある。
戦国時代の永禄年間には、付近に徳川家康の命を受けた本多信俊が一宮砦を構えて今川軍に包囲されたが、家康が寡勢で救援に駆けつけて多勢の今川軍を蹴散らし、砥鹿神社に宿陣したとも伝わる。また慶長7年(1602年)には、家康より朱印領として百石の寄進を受けた。 とあります。
主祭神:大己貴命(おおなむちのみこと) -...
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