静火神社(しずひじんじゃ)。和歌山県和歌山市和田。
式内社(名神大)、旧村社。現在は竈山神社の境外摂社。 伊達神社(和歌山市園部)、志磨神社(和歌山市中之島)とともに「紀三所社(きのさんしょしゃ)」と称される。
主祭神:静火大神。
社家の鵜飼氏の文書によれば、祭神は火結神とされていた。別説として、『続風土記』では「紀三所社」が伊太祁曽三神(五十猛命・大屋都比売命・都麻都比売命)を分祀するとし、静火神社祭神を都麻都比売命に推定する。一方、「木の国」である紀伊国の「鎮火の神」であったとする説もある。また『住吉大社神代記』では、住吉大社摂社の船玉神社が紀氏の神であり「志麻神・静火神・伊達神」の本社であるとしている。 とあります。
資料によると、 創建は不詳。 元々は現在地の東約200mの地に鎮座した。『続風土記』によると、静火神社は永仁年間(1293年-1299年)以前に廃絶したとされるが、長享元年(1487年)の日前宮文書には粢散米1斗を静火神社にあてた記載がある。『南紀徳川史』によると享保8年(1723年)頃までには廃絶しており、同年に和歌山藩によって薬師山(前山・天霧山;現社地)に社殿が再建され、竈山神社が管理したという。
『延喜式』神名帳では紀伊国名草郡に「静火神社 名神大」と記載され名神大社に列しているほか、『紀伊国神名帳』では「正一位 静火大神」と記載されている。いずれも竈山神社(式内小社)に比して上位である。 かつては伊達神社(和歌山市園部)、志磨神社(和歌山市中之島)とともに「紀三所社(きのさんしょしゃ)」と称されたとされる。「紀三所社」の記載は、永承3年(1048年)の収納米帳を初めとして、『中右記』天仁2年(1109年)条、『梁塵秘抄』四句神歌等に見える。『住吉大社神代記』では紀三所社の由来について、神功皇后が三韓征伐に用いた船3艘を武内宿禰に祀らせたことによるとする。
また、当地の和田村はかつて日前神宮・國懸神宮の神領であったため、静火神は同神宮や紀伊国造家に深く関係した。同神宮境内に祀られている草宮では、9月15日に静火神が神幸して静火祭が行われたという。
明治6年(1873年)に近代社格制度において村社に列したが、明治42年(1909年)に竈山神社末社の稲荷神社に合祀された。昭和25年(1950年)、元の薬師山に社殿が造営され遷座した。 とあります。
参考として、 竃山神社の境外末社。かっては竈山神社...
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