「ボク、食べてないもん」
2002年に指定された国の天然記念物です。 13〜12万年前に起きた下末吉海進の時代においては、この一帯も海でした。 その際、潮の流れなどで貝が堆積して殻のカルシウムが溶け出し再結晶化、分厚い貝の化石層になったまま陸地となってしまいました。 現地を訪れた際、最初は貝塚と勘違いしましたが、これは古代人のゴミステーションではなく(そもそもこの時代の日本に人類はいなかったっぽい)、自然にできた貝の墓場です。
再結晶化したカルシウムはガチガチに硬く(歯石と一緒ですね)、岩屋古墳など近隣に造営した古墳の石室の石材としても用いられています。
昔はこの辺り一帯が全部貝層だったのですが、近年は東京湾の埋立や宅地開発などでどんどん削られていきました。 昔は自由気ままに発掘し放題だった化石も、最近は難しくなっているようです。
ところで、ここで化石となった貝は百種類以上もあるそうです。 貝殻の形って多種多様のようですが、実は全て円錐形(ソフトクリームのコーンですね)の統一フォーマットでできています。 というのも、貝の中身を成長させるためには貝殻も大きくしていく必要がありますが、円柱(ヨックモックのお菓子です)など他の形状では開口部にどんどん継ぎ足していくと全体の形が細長く変形してしまい、中身の成長の阻害要因となってしまいます。 一方で、円錐形は大きくしていっても全体の形状は不変であり、実に具合が良いのです。 あとは円錐の開口度やねじり、曲げなどの要素をアレンジすればなんでもOK。二枚貝もこの原則からは外れていません(開口部の広い二等辺三角錐をイメージして頂ければわかりやすいです)。
そんな観点でこの貝層を近くで見ると、ハマグリや牡蠣など、貝殻の形は今と変わっていないようです。 13万年前の貝と今が一緒の形なんて、ダーウィンの進化論を真っ向から否定するようなこの超越した存在、もしかして貝は既に進化しきった...
Read more国指定天然記念物 下総台地の土壌を成す下総層群の最上部の地層である木下層(きおろしそう)に含まれる地層であり4]、同地層の模式地となっている[5]。指定地内の地層の露頭の下部にはカシパンウニなどのウニ類の化石が、上部にはバカガイを中心とする貝類の化石が露出しており[6]、その種数は100以上にも及ぶ[3]。地層内では、石灰質物質を含む地下水が化石内の空隙に流れ込むうちに形成された方解石も見られる。ここで産出される貝化石岩の一部は化学的な要因により硬く固まっているのが特徴であり、かつては古墳の石室や石垣などに使われる石材の産地にもなった[4]。
追記 下総層群は更新世(現代から約45万年前から8万年前まで)に形成された地層であり、全体で約300メートル程度の厚さがある[9]。下総層群に含まれる7つの層(累層)は海面上昇時に形成される海成層と下降時に形成される陸成層に分けられ[9]、このうち木下層は、現代から約13万年前の最終間氷期時代の海進(下末吉海進)により、関東一円が古東京湾と呼ばれる広大な内湾に覆われていた時に堆積した砂層である[4。
木下層はその下に連なる他の下総層の地層と同様に最下部に海退期の泥層が、その上に海進期の砂層が堆積している[4]。海進期の層は、泥層と細粒砂層との薄い互層あるいは極細粒~細粒砂層かな成る下部、細粒~中粒砂から成る中部、マカロニクナスの生痕化石が特徴的に見られる砂層から成る上部の層で形成されている[5]。その上の最上部には、陸化後に常総粘土層、さらに木下層の上側には関東ローム...
Read more今から数十年前、化石に興味を持つ友人に誘われて、千葉県北部の木下(きおろし)貝層を見学しました。 露出した斜面に、厚さ数メートルの貝化石がびっしり堆積しており、これは、10万年以上前の、古東京湾に生息していた、カシパンウニや二枚貝、アカニシなどの巻貝が、今は陸地となり露頭になったとの事。 私は、20cmを大きく超えるミル貝(すし屋で食べるミル貝)の化石を今でも大事に持っていますが、10万年前は、現在と比べるとかなり大型のようです。 木下貝層は、現在では、国の天然記念物に指定されています。 身近に、地球の歩みを見ることができ...
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