北大路魯山人が加賀・山代温泉に滞在していた際の住まいとして知られる「魯山人寓居跡 いろは草庵」は、明治期に建てられた木造二階建ての家屋と土蔵を保存・公開する文化財施設であり、山代文化人との交わりや作陶の端緒を今に伝える空間である。
大正4年(1915年)の秋、後に芸術家・美食家として名を馳せる北大路魯山人(当時は本名の福田房次郎、または号の福田大観を用いていた)は、金沢の実業家で文化人の細野燕台に招かれ、山代温泉を訪れた。当時、魯山人はまだ無名の書家であり、看板彫刻の技量が知られつつあった程度の存在だったという。細野は山代の文化人たちに魯山人を紹介し、地元の名士で旅館「吉野屋」の主人である吉野治郎が、所有していた小さな別荘を彼の住まいとして提供した。この家が、現在のいろは草庵である。
魯山人はこの地におよそ半年滞在し、仕事場を兼ねた庵で看板制作を行うかたわら、周囲の文化人たちと囲炉裏を囲んで語らい、初めて陶芸の世界にも触れている。近くの須田菁華窯に通い、素焼きの器に絵付けを試みた経験が、後の作陶活動の出発点となった。のちに彼は「私ハ先代菁華ニ教へられた」と述懐しており、晩年まで山代での経験を特別なものとして記憶していたという(1955年、金沢美術倶楽部での講演演題による)。
この庵は、2001年に主屋と土蔵が国の登録有形文化財(建造物)に登録され、翌2002年からは一般公開されている。所在地は石川県加賀市山代温泉18番5号。現地では「春来艸自生(しゅんらいそうおのずからしょうず)」と刻まれた石碑が門前に建ち、魯山人の書をもとにしたこの語は、春の訪れとともに自然に草木が芽吹くさまを表す禅語とされる。書蹟とともに敷石や紅殻格子の意匠が静かな存在感を放つ。
主屋は建築面積およそ72㎡、木造二階建て・瓦葺の建物で、明治期の風情を残す間取りがそのまま保存されている。内部には、魯山人が仕事場とした部屋、庭を眺めて過ごした書斎、囲炉裏を備えた居間、さらには小さな茶室が設けられている。この茶室は、魯山人の友人で建築家の原呉山による設計で、後年倒壊後に再建されたものである。また、母屋の西側にある土蔵は2階建てで、建築面積は約26㎡。屋根は現状、亜鉛鉄板葺となっているが、かつては瓦葺であったとも伝わる。現在、この土蔵は展示室として改装され、魯山人に関する企画展や、当時の道具・書蹟などの展示が行われている。
館内に掲げられる看板や作品群は、いずれも魯山人が山代滞在中に制作したもの、あるいはその影響を感じさせるものばかりである。特に、須田菁華の窯で初めて絵付けしたという「色絵鉄仙図鉢」は、戸栗美術館に類例が所蔵されており、1915年当時の試行錯誤を今に伝えている。また、看板制作の仕事としては、「菁華」「あらや」「白銀屋」などの篆刻が確認されており、それぞれに「大正乙卯十一月御大典吉日」といった日付や銘が彫られている。
魯山人が過ごしたこの庵は、単なる居住空間ではなく、創作と交流の場でもあった。囲炉裏の間では、山代の旦那衆と呼ばれる文化人たちが集い、煎茶や酒を酌み交わしながら芸術や食について語り合ったと伝えられる。また、自ら料理をふるまい、料理と器の調和についての考察を深めていった時期でもある。「器は料理のきもの」という表現は、後年の随筆『食器は料理のきもの』にも見られ、彼の美食哲学の根幹をなす言葉となった。
山代温泉内には、いろは草庵に関連する史跡も点在する。まず、魯山人が最初に作陶に挑んだ須田菁華窯は現在も活動を続けており、彼の筆による「菁華」の看板が掲げられている。白銀屋旅館(現在の星野リゾート 界 加賀)は、魯山人が好んで泊まった宿として知られ、建物の一部は国の登録有形文化財に指定されている。また、あらや滔々庵には、魯山人が即興で描いたとされる八咫烏の金屏風「暁烏の衝立」が今も玄関に飾られており、山代温泉の象徴的な一景となっている。
さらに、現在の「山代温泉 総湯」は、かつて魯山人に住居を提供した吉野屋旅館の跡地に建てられており、その門構えには旧吉野屋の建築部材が再利用されている。これらの周辺史跡は、それぞれがいろは草庵と有機的に結びつき、魯山人が過ごした文化空間の広がりを示している。
魯山人寓居跡...
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