A must visit in addition to the main kuonji temple. Its just a 15min uphill walk from the foothill ropeway station. Many tombstones along the way and some dating as far back as the edo period. The huge golden buddha was errected almost 400 years ago, and a thousand small buddhas lined at the back of the hall. Very...
Read more身延山久遠寺の本堂の上に こんなにすごいお寺さんが有ることを今まで知りませんでした。 今回 法華経28品巡拝で参拝させてもらいましたが 本堂裏から奥之院に続く参道の廟の数々 絶対に参拝すべきところ せっかく 身延に来たんだから こちらを廻らなきゃ実にもったいない。 尼様にお話をいただきました。 又 鍵を渡されじっくりお釈迦様とお話くださいと。又来ます。
以下にありますが世界平和と一天四海皆帰妙法を祈願しつつ、尼僧衆が御給と有りますが この尼様が実にすごいの一言!感銘を受けます。
以下は転用です。 "起源は、文永11(1274)年5月17日日蓮大聖人が 身延山に御入山され或る時身延山中を散策されておられると 三本の老松の梢に紫雲棚引き、周囲の紅葉はまるで錦繍(きんしゅう)の 帳の様に輝きその中に釈迦尼佛のお姿が現れ同時に千体の分身が花が舞い 優雅な音楽が響き渡る中現れそれを観た日蓮大聖人はこの上之山を 「錦之森」と御命名に成ったと伝えられているそうです。 その時の松は嘉暦2(1327)年に枯れてしまったとの事です。 時を経て寛永20(1643)年、身延山26世日暹(ニッセン)上人の代に 久遠寺の境内に釈迦尊堂が建立され、その堂内の御尊像は徳川家康の側室で紀伊徳川家の祖頼宣、水戸徳川家の祖頼房の生母で身延山22世日遠上人に深く帰依された 養珠院殿妙紹日心尊尼(お万の方)が主と成り丈六釈尊像が寄進され 堂内に安置されました。御尊像のお腹籠には、京都の大仏師三宝寺の中正院日護上人の作で 岐阜養老公園の妙見堂、神奈川県厚木市の妙伝寺の丈六尊像は一木三体と御題目横帖に書き納められ今に伝わっています。その後、寛文4(1664)年9月25日、身延山28世日奠(ニチデン)上人代に日蓮大聖人が錦之森と名付けたこの地に移り 世界平和と一天四海皆帰妙法を...
Read more2024.12.10...
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