慶長18(1613)年創建。 高麗寺の末寺。明治23年8月に大磯町南下町に大火があり、当時北下町にあった慶覚院は、檀家が多い高麗地域、村持地蔵堂に移りました。 梅の季節には、梵鐘に梅が映え、足元には水仙がきれいに咲きます。
地蔵菩薩坐像 高麗寺の地蔵堂の本尊だった。 慶派の仏師によって造立されたものと考えられ、像内には建治四年三月十一日銘の墨書が残されている(建治4年=1278年)。 建治4(1278) 年に造立されたか開眼されたと思われる。鎌倉時代後期の在銘彫刻である。
木造仁王立像 江戸初期の仏像で、廃寺となった高麗寺の遺産(大磯町郷土資料館に寄託)。 高来神社の夏の大祭である御船祭の由来になっている像です。 他に町指定文化財 木造仁王立像が安置されています。 像容、着衣形式、彫技などに宋風の影響が認められ、鎌倉時代仏師とのつながりがうかがえる。
ここの住持であった尾崎迷堂は、杉本寺(坂東1番札所)、大磯の慶覚院などの住職をつとめた僧侶である。(大正2年天台宗の僧となり,鎌倉の杉本寺,大磯の慶覚院などの住持) 僧侶のかたわら俳句に精進し、土地の人々と俳句を通じて交流を深めた。 鎌倉荏柄天神社のご神木の大銀杏の前の句碑に「大慈咲き大悲さきたるさくらかな」と刻まれ、裏面には「荏柄天満天神献詠 鎌倉右大臣 実朝の忌なりけり」と刻まれている。 1970年(昭和45年)、大磯の慶覚院で亡くなった。 1891-1970...
Read more檀家以外の一般の方が訪ねてくるのは迷惑されていまして、お叱りを受けました 何かのサイトに拝観料で本堂内で仏像見学ができるような記事があるらしいのですが、全くのデ...
Read more高来神社の境内隣にあります。慶長時代に別の場所で創建されましたが、明治の大火で焼失して現在地で再建されたようです。堂内には鎌倉時代後期の彫刻「地蔵菩薩坐...
Read more