6月下旬に来たときは、利用者もほとんど居ず寂しい感じでした。
伝承によると領主南部晴政の代の天文8年(1539年)に、聖寿寺館(本三戸城)が家臣の放火により焼失、その後この地に築いたものと伝えられる(下斗米家譜)。同時代において、三戸南部氏が勢力を拡大し続け、肥大化した組織の統制をはかる根城が必要となったため、当城へ居を移したとする見方もある。
晴政・晴継が相次いで没すると、天正10年(1582年)田子信直(南部信直)が三戸南部氏の家督を継ぎ三戸城へ入城、信直の代へと変わる。
天正18年(1590年)に小田原征伐へ参陣した信直は豊臣秀吉所領安堵の五カ条からなる朱印状が交付され、南部信直は領内にある家中の城館の破棄を命ぜられ、また家中の妻子は、南部氏の居城下に集合を厳命されていることから、三戸城が南部氏の居城となったと考えられる。
天正19年(1591年)九戸一揆平定後、奥州仕置軍を率いた蒲生氏郷らにより、三戸城は近世城館のシンボルといえる石垣を持った城へと普請される。その際に本丸に三層三階の御三階櫓が上げられたと考えられている。
寛永10年(1634年)に盛岡城が居城と定められて、三戸城は御古城と呼ばれ、城代が預かる形となったが、石垣の補修や御掃除奉行が設置されるなど、藩主より管理を疎かにしないように働きかけがなされている。
貞享年間(1684~88年)、城代が廃されて...
Read moreこのあたりでの桜の名所といえば、正に三戸城の桜です!毎年おおよそ四月末からゴールデンウィークあたりに満開になり、とてもきれいな桜を見ることができます。その頃は「さんのへ春まつり」が開催され、夜はライトアップもされていて、とても楽しめます。
城山公園として整備されており、石垣や土塁の跡が当時の城の面影を感じさせます。桜の季節以外でも、子どもたちが駆け回れる広場があったり、散策路や望岳亭などの展望台から町並みを眺められるので、ゆったりとした時間を過ごすことができます。歴史や景観を楽しみながら散歩できる場所です。
話は変わりますが、この場所は海外でも愛されているコーエーテクモ発売の「信長の野望」というゲームにも登場します。登場する城は全国津々浦々ですが、この三戸城は、田舎ならではの立地が魅力です。城がある山の下には平地が広がり、城下街や田畑あり、川がそれらを支え、さらにその周りを山が囲んでいるという守りに適した場所だとよくわかります。見通しを遮るような人工物もあまりなく、歩きやすい道もきちんと整備されていることから、日本の築城の基本を、実際に自分の目と足で確かめられる形になっています。
歴史が好きな方には非常に興味深い構造なのに、三戸町やその町の人々がまだその魅力に気づかず、広く楽しく発信できていないのは残念です。とても素敵な場所なので、もっと多くの人に...
Read more10月9日に我が町出身の絵本作家・故馬場のぼるさんの代表作『11ぴきのねこ』の生誕55周年と三戸城跡国史跡指定を記念した開催された 『11ぴきのねこ空の旅...
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