楽山荘庭園は掘庭園の中心となる庭園です。背面の自然の岩山の斜面を利用した池泉廻遊式庭園で、山の斜面を人工的に削って滝を落とし、池を掘り、木を植えて、飛び石や石段を置き散策できるようにした庭です。この庭は、山の斜面に沿って盛土をして石垣を築いて作った平場に屋敷とともに作られており、大正時代の庭としてはやや古風なスタイルで、これは古い時代の山岳仏教寺院や、室町時代の雪舟の庭などでよく見られるものです。この堀庭園がある津和野や隣接する益田は、雪舟が活動拠点としていた地域の一つで雪舟作庭の伝承をもつ庭園が残されています。よってこの楽山荘の庭園も伝統的にその影響を受けているのではないでしょうか。庭内には、池の中に据えられた大型の雪見灯籠やその背後の山の斜面に十三重の石塔をはじめ大小17の石灯籠や石の祠などが所狭しと置かれ、主木である樹齢百年以上と思われる紅葉の大樹やツツジ、サツキなどの植栽が美しい景観を構成しています。背面の岩山の斜面は急角度ですが石段がかなり高いところまで続いており滝の前にかかる石橋を渡ることもできます(現在は通行止め)。このように滝の上部に小さな石の反り橋が架かるスタイルは玉澗式と呼ばれる安土桃山時代などに流行した様式です。玉澗式は基本的に縮景による表現がほとんどですが、実際に人が渡れるサイズのものは珍しいかもしれません。滝の上部のあたりまで石段をあがっていくと、庭はもちろん、道を挟んだ反対側の山の斜面に築かれた「和楽園」まで一望することが出来、この掘家の屋敷の周囲の環境すべてが庭園として整備されている事がとてもよくわかります。楽山荘一階の「なつめ型」縁先手水鉢は大変大きく立派で「水琴窟」も作られており、竹筒に耳をあて神秘的で美しい音色を聴くことが出来ます。また、楽山荘の建物や庭などの敷地を支えている石垣は主屋の裏山から採掘した緑色の石(輝緑石)を加工して造られたもので、寸分の隙間もなく積まれ、端正で美しい曲線を描き目を奪われます。蟻も通わぬ石垣と呼ばれているそうです。石を薄くスライスしてコンクリートに貼り付けている?と誤解しそうですが、立体的な石を組んだ本物の石垣で、明治時代の石工の高い技術を今につたえる貴重なものとなっています。 ...
Read more紅葉の時期はかなり混むのでしょうが、初夏の平日、開園直後なので静かな時を過ごすことができました。 大きな庭園のように1日過ごすようなところではありませんが、畳に腰を下ろしてゆっくりと過ごすことはできます。
ただ、道路を大きなダンプカーが行き交うの...
Read moreお盆休み期間中に訪問しました。 他に見学者がいなかったのでゆっくりと拝見出来ました。 見頃は秋の紅葉なんでしょうか。 旧畑迫病院展示室と共通入館券...
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