秋月八幡宮は、秋月城跡の黒門から南へ150mほどの朝倉市上秋月の山道を登っていくと鎮座している神社です。旧社格は県社です。
天慶3年(940年)朝廷に謀反を起こした藤原純友(すみとも)の追捕使としてこの地に来た大蔵春実(はるざね)が、神功皇后の旧地とされる宮の丘で戦運を祈願したところ、たちまち純友の乱を平定することができました。 そのため天慶9年(946年)この地に武人の守護神として創建したと伝わる歴史の古い神社です。 一時は衰退しましたが、江戸時代の秋月藩初代藩主・黒田長興(ながおき)の時代になった頃から本殿や拝殿の改修が行われ、再び多くの崇敬を集める神社となりました。
境内には大きなイチョウの葉が色づき、とても美しかったです。
毎年7月には夏祭り、10月には御神幸(ごしんこう)など年間を通して祭事も行われています。
神社のある「秋月(あきづき)」という地名は、かつての筑前秋月藩の夜須郡(やすぐん)秋月村に由来します。 明治22年(1889年)下秋月村、野鳥村が合併し秋月村が発足しました。 明治26年(1893年)秋月村が町制施行して秋月町となる。 明治29年(1896年)朝倉郡(あさくらぐん)秋月町と変更となりました。 昭和29年(1954年)甘木町・安川村・秋月町・上秋月村・立石村・福田村・馬田村・蜷城村・三奈木村・金川村が合併して甘木市が発足し、秋月町と上秋月村は消滅しました。
八幡神社は、全国に約44,000社あり、大分県宇佐市の宇佐神宮を総本社とします。御祭神は武運の神「弓矢八幡」として崇敬を集めた誉田別命(ほんだわけのみこと:応神天皇)です。応神天皇は、皇室の守護神(天照大神に次ぐ)で、出世開運の神ともいわれ、筋肉隆々で逞しく、実存性が高い最古...
Read more◆御祭神◆
応神天皇 住吉三神 -底筒之男命(そこつつのお) -中筒之男命(なかつつのお) -表筒之男命(うわつつのお)
武内宿禰命
◆御由緒◆
秋月八幡宮の歴史は古く、平安時代中期の940年、 朝廷に謀反を起こした藤原純友の追補使としてこの地に来た大蔵春実が、神功皇后の旧地とされる宮の丘(現在の社のある周辺)で戦運を祈願したところ、たちまち純友の乱を平定することが出来たことから、946年この地に武人の守護神として神社を建立したのが始まりと記されています。 その後、鎌倉時代に移り1203年、秋月氏の祖といわれる秋月種雄公(大蔵種実の八世孫)が秋月の地に移り住むようになり、現在の社の本宮を造営したとされています。 社は秋月氏によって400年にわたって代々修造が加えられて 多くの信仰を集めてきましたが、秋月氏の高鍋への移封によって 久しく退廃していったとあります。 江戸時代に入り、1624年、秋月藩初代藩主黒田長興公が就封されてからは、15年ごとに数次にわたって社の本宮、拝殿の改修が行われていた。 歴史ある郷土秋月でも由緒ある建造物として800年にわたって 現在まで受け継がれている、八幡宮は数少ない歴史...
Read more秋月八幡宮由来 秋月八幡宮の歴史は古く、平安時代中期の940年、朝廷に謀反を起こした藤原純友の追捕使としてこの地に来た大蔵春実が、神功皇后の旧地とされる宮の丘(現在の社のある周辺)で戦運を祈願したところ、たちまち純友の乱を平定することが出来たことから、946年、この地に武人の守護神として神社を建立したのが始まりだと記されています。
その後、鎌倉時代に遷り、1203年、秋月氏の祖といわれる秋月種雄公(大蔵春美の八世孫)が秋月の地に移り住むようになり、現在の社の本宮を造営したとされています。 社は秋月氏によって400年にわたって代々修造が加えられて多くの信仰を集めて来ましたが、秋月氏の高鍋への移封によって久しく退...
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