「葛木(葛城)の道」巻十四の一の十六 葛城市忍海322 角刺神社(つぬさしじんじゃ)
こちらの角刺神社は、飯豊青皇女(いいとよあおのひめみこ)が二人の弟が天皇の位を譲り合い、長く位につかなかったため、彼らに成り代わり政を行った忍海角刺宮跡として知られています。またその時、忍海飯豊青尊(おしみいいとよのあおのみこと)と名乗ったと日本書紀で記録されています。飯豊青皇女(天皇)の陵は近鉄新庄駅の近くにおはします。
また傍らの鏡池の言伝えでは、当麻寺の中将姫が出家したのちに曼荼羅を折る際に、そのもとになる織糸をこの池に求めよとのお告げがありこの池の蓮を選ばれた結果、数日後その蓮から出来上がった糸が立派な五色の色に変わったとの伝説があります。その時の感謝としてこの地から500メートルほど東のJRの踏切の傍らにお手植えされたということです。その跡が現在に残されているのです。
境内は今でこそ静かな佇まいですが、昔は分水石の九平さんの話や中将姫の曼荼羅、稲荷神社にお参りする方々、池の周りで遊ぶ子供の声などで賑やかだったのかもしれません。 袖の松の旧跡より100メートル余りで忍海村道路元標や太神宮さま、そして地蔵堂があります。細い道路の上、夕方なら移動の車でごった返します。...
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つのさしじんじゃ
奈良県葛城市忍海322
祭神
飯豊青命
飯豊青皇女(いいとよあおのひめみこ)
市辺押磐皇子の王女
市辺押磐皇子は有力皇位 継承者であったが 大泊瀬皇子(後の雄略)に 近江の蚊屋野へ狩猟に誘い 出されて射殺
子の億計・弘計 (後の仁賢・顕宗)兄弟は 播磨国赤石へ逃亡
億計・弘計が互いに 皇位継承を譲り合った 為一時飯豊青命が 政治を掌る
飯豊天皇との伝承もあり
飯豊青命は地元有力者 葛城氏の一族
参詣したが小さな神社で ありショックを受けた
やは...
Read more幻の女帝飯豊王を祀る神社
第21代雄略天皇が皇位継承を脅かす皇族を次々と排除したせいで息子の第22代清寧天皇が子を残さず崩御した時に皇位継承者がいない!となった時にいわゆる“ツナギ”で政務を執ったのがこの飯豊王。飯豊王は雄略天皇に●された第17代履中天皇の子の妹、つまり履中天皇の娘
第23代顕宗天皇と第24代仁賢天皇は甥にあたる
古事記によると仁徳天皇から推古天皇まで19天皇を数えるとあるのですが、16代から33代なので18天皇でこの飯豊王を加えないと19にならない
こ...
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