最上三十三観音の参拝でお伺いしました。 コロナウィルス感染症の影響で二年間延期されていた霊場御本尊の御開帳(観音堂の観音様)です。 高松山光明院といい真言宗智山派のお寺になります、観音霊場第十一番札所になります。 急な階段を登り観音堂を参拝します、観音堂の中でお勤めをしました別称で高松観音と呼ばれています。 創建は今から約千三百年前、奈良時代の高僧行基がこの地に庵を構えて留まった際小高い丘の上に御堂を建てて聖観世音菩薩坐像を彫り人々に信仰を勧めたとされている、これを知った聖武天皇はここを祈願所に定めた、のちに上山藩主となった松平氏も自ら信仰するとともに三十石を寄進するなどしてその庇護に勤めたという。 慶應元年(1865年)に起きた山火事によって当初の観音堂は焼けてしまったものの、その時住職を勤めていた光明和尚が猛火をくぐり抜けて御本尊を守り今もその有難いお姿を拝顔することができる。 現在の観音堂は明治五年(1872年...
Read more駐車場は脇道に入ったところに、社務所のようなスペースがあり、そちらにあります。 急な階段をのぼると立派な山門があり、その先に大草鞋が飾られている建物が本殿です。 建物内には、古い写真や山形独特の風習「ムサカリ」と思しきものがたくさんあり、また、参道の脇道には地蔵や石碑もたくさんあり、よくよくみてみると、文化的価値も高いと思い、面白味も感じる場所です。
1か月前に亡くなった親族が夢に出てきて「高松観音へお参りに行きなさい」と言われ、お参りに行きました。誰も高松観音の事を知らず、それ以来のご縁で、山形へ赴く度に...
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