両親閣は……。映画で見たけど日蓮が禅宗の全盛期頃に武家(地頭)が信仰していた宗派を全面的に否定した事により日蓮が追われ安房小湊で親が初めて日蓮の信者になったと聞いていますが。
しかも日蓮御坊ではないんですか? 何故、坊主である宗派に聖なるという言葉を用いるのか理解できません。 日蓮大聖人(だいしょうにん)と呼べる理由なんて考えられません!
親孝行と言うより親が信者になった歴史だと思います。 『聖教新聞』か何かの同系列ですよね? 創価学会の思想には日蓮宗が入ってると知ってます。 ずっと前のホラ吹き新聞です!
最澄さんの天台宗,法華一乗宗を日蓮は弟子と言い勝手に師弟関係にし法華宗とも呼ばれるみたいですがアレは日蓮宗の日蓮なので、どちらか邪宗門派に入ると考えられます。
他宗派の口撃や排他的な見方は日蓮自身また創価学会信者も世間一般から疎...
Read more安房国小湊で漁民の子として生まれ、何度か小湊を離れるも、また小湊に戻って来た日蓮大聖人は、この地がほんとうに好きだったんでしょうね。上人は最後は身延を下り、武蔵国池上で倒れられましたが、最後まで供養のため両親の墓のあるこの地に戻ろうとしていたみたいですね。両親が亡くなられてから、この地に両親の墓を立てられ、このお寺を創建されたようです。ここ小湊漁港の大弁天小弁天のある蓮華が淵辺りに上人の生家はあったみたいですが、今は上人の生まれのゆかりの地として、ここ妙蓮寺にほど近いところに大本山の誕生寺があります。上人が小湊から清澄に行き、立教開宗し、自ら日蓮と名乗り布教活動をするようになってからも、故郷の両親の元に帰り、まず両親を教えに導き、父を妙日、母を妙蓮いう名を与えているから凄いです。またこれがお寺の名前の由来になっ...
Read more私にとっては3回目の参拝でしたが、先日、家族・親族と参拝してきました。既に書かれているように、日蓮聖人の御両親の御廟所として発展したお寺です。 御住職は法務でお出掛けであったため御首題は書き置きでしたが、奥様がお計らい下さり御堂に上がって参拝する機会を戴きました。 日蓮聖人の御両親の墓石が風化するのを防ぐために厨子(宮殿)で覆ったのが約400年前、その後その厨子自体も保護するために建物で覆ったのだそうです。お寺の歴代の方々の「菩提を弔う」という思いが感じられるエピソードだったと思います。 小湊に足を運んだ場合には、誕生寺と併せて参拝すること...
Read more