三潴から高良大社へ向かう途中、招くように鳥居が立っていた。鐘楼が立つ境内は神仏習合の面影を色濃く遺し、ただ山伏の姿は見られなかった。
高良玉垂命は高良大社に祀る謎の神で、江戸時代には武内宿禰のこととされた。当社では藤大臣とする。磐井氏の眷属ではないかと小生は考える。その高良の神を、三潴の隣町になる大善寺に祀るのは、地名からしても、別当を務めた大善寺という寺があったに違いないが。 高良大社の元宮とも言うが、元いた高木神を追い出してまで高良山に居座った玉垂命を、再び麓に迎えるものだろうか?玉垂命に限らず、上代の英雄すなわち神の名は、代々受け継がれるもので、同じ名の別神が多かったのでは。
鬼夜なる火祭りで知られる。この鬼は、平安時代に確立した丑寅(うしとら)のイメージとは別物で、火祭りの神であるから、火神アグニの化身なのだろう。アグニへの燔祭はHOMAといい、それを密教に採り入れたのが護摩であって、我が国では修験者が之をよくした。高良山と関係があり、神仏習合していた時期の当社は、おそらく山伏とも呼ばれた修験者を抱えていて、その者達に仕事を与えていたのであろう。 だから山伏の姿が見られないのは、二重の意味で残念であった。これも時代ゆえに...
Read more久留米市大善寺町宮本に鎮座する玉垂宮は、古来、筑後国三潴庄鎮守、高良御廟院大善寺玉垂宮と称し、盛時には衆徒四五坊社領3000町を有した朝野の崇敬あつい古社であります。祭神は、玉垂命・八幡大神・住吉大神で創建は古く、凡そ一900年前の創祀と伝えられています。 国の重要無形民俗文化財で、日本三大火祭りの一つである鬼夜が行われる。 神功皇后の三韓出兵に大功のあった藤大臣(高良大明神・玉垂命とも称す)が、ここで没したと言われ、天武天皇のころ、672年(白鳳元)三池長者師直が、玉垂宮の古跡に法相宗の僧安泰をして祭神を祀らせ、そばに1宇の精舎を開基して御廟院高法寺と号したのに始まるといわれます。 後に天台宗となり、814年(弘仁5)、殿堂、楼門、回廊など新たに建立し、善美を尽くしたので大善寺に改められました。 境内約1万5000平方メートル。 本殿、弊殿、拝殿、楼門、惣門、回廊、神輿殿、石鳥居、社務所のほか、鐘楼、阿弥陀堂があります。...
Read more2023年3月19日(日)参拝 玉垂宮(たまたれぐう)の御朱印をいただきました。(直書き...
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