2018/05/28訪問
いまから30年程前、古本屋で買った野村さんの著作『背番号なき現役』を読んで以来、ずっと網野へ行きたいと思っていた。中学から高校にかけて野村さんの著作を古本屋で買っては読むことを繰り返していた。野球部で捕手をやっていたことが、野村さんに興味を持つきっかけだった。当時僕は野村さんを真似してバットエンドを一握り短く持ってみたり、バッターに対してボヤいてみたりしていた。
高校入学後、野村さんの『背番号なき現役』と言う本を、読んだ。この本は、和田秀樹『偏差値50から早慶を突破する方法』、高坂正堯『国際政治—恐怖と希望—』、司馬遼太郎『街道をゆく』と並ぶ、「人生を変えた本」「座右の書」となった。
僕は高校へは、二時間半をかけて通っていた。両親は自営業(農業)だったが、高校近くに下宿させてくれることも、最寄りの駅(自転車で約50分、車だと15分)まで送迎してくれることもなかった。父は「自分で行きたいといった高校だ。自分で通え」というのみだった。星の見えるうちに起きて、夜暗くなってから家に帰る。父は私が家を出る頃でも寝ていることがあった。駅から自転車で50分かけて家に帰ると、父は茶の間で新聞を読んでいた。学費は、私が償還予定の育英会奨学金によって充当されていた。手間も金も15の子供に負わせたことになる。小遣いは少なく参考書や模試を受けるために、昼飯を抜く必要があった。同級生達が昼食時に飲んでいるジュースや乳飲料が羨ましかった。昭和一桁とか終戦直後の話ではない。平成に入ってからの話、しかも世はバブル景気に沸いていた。平成の世に両親とも健在でありながら「欠食児童」の十五の僕の心は折れそうだった。
野村さんは、経済的な理由で高校を卒業するのも大変なご苦労があったとのこと。網野は冬には雪が降る。自分よりも勉強もしなかった同級生がぬくぬくと布団に寝ているときに、なぜ自分は新聞配達をしなければならないのか、と本当に辛く悔しかったとのこと。しかし生徒や学生の頃は「人生の練習試合であり全力で取り組まなくてならない。練習試合をやり遂げなければ、本当の試合で力を発揮することは叶わない。人にとって本当の試合とは社会に出てからだ。だから十代の頃は、いくら理不尽でも腐ることなくやり遂げなくてはならない」と野村さんは書いていた。
「生徒・学生時代は人生の練習試合」この言葉に、欠食児童だった僕がどれだけ救われたか。自分と同じ雪の降る日本海側の田舎に生まれ育った野村さんの言葉に、僕は共感した。その後日本球界や日本社会全体も席巻したID野球とそれに連なる「野村の教え」の萌芽は当時の著作の中に既にあり、具体的で含蓄のある考えや行動理論を人生の早い時期に吸収できたことは、自分にとって大変な財産となった。
欠食児童かつ往復5時間通学の僕だったが、塾も予備校も行くことなく大学に現役合格できた。入学すると同級生の7割は年上、つまり浪人をしていた。自分はかなりうまくやって大学入試を突破したことになる。これも「野村の教え」で得たメンタルと「和田式勉強術」で得たスキルのおかげだった。大学時代も親の援助は少なく、家賃を含めた生活費を奨学金とアルバイトで賄いながら4年で卒業。なんとか堅い職業につくことができた。辛かった高校〜就職迄の間、野村さんの考えがどれだけ自分を支えてくれたことか。挫けそうになるとノムさんが僕の心のなかで囁く。「生徒。学生の頃は人生の練習試合」と。野村さんは僕の人生の大恩人、人生の師匠と言っても過言ではない。
野村さんの故郷網野には、ずっと行ってみたいと思っていた。このベースボールギャラリーが出来たことを知り、念願の網野町へ行ってみた。
戦後初の三冠王、世界プロ野球史上初の捕手三冠王、本塁打王9回、打点王7回、通算本塁打数歴代2位、通算安打数歴代2位、通算打点数歴代2位、選手出場試合数歴代2位であり、監督としてはリーグ優勝5回、日本一3回、監督出場試合数歴代3位の大野球人だ。その大野球人の記念ギャラリーとしては「これっぽっち?」と思った。しかしそれも野村さんらしくていい。「王、長嶋が太陽の下に咲く向日葵なら、俺は月夜の月見草」とご自分の境遇をたとえたことを思い出した。
ギャラリーを見させていただいた後に、妻が「野村さん凄い選手だったのね」と言った。そうだった僕は結婚したぐらいから野球よりもフットボールに傾倒して、ほとんど妻に野球の話をしていない。妻は監督の頃の野村さんの記憶がわずかにあるぐらいで、後は「サッチーの旦那」として野村さんを認識していたらしい。
一瞬唖然として「あのねぇ、君なぁ、、」と言いかけたが、それも「月夜の月見草」の野村さんらしくていい、と思い直して少しおかしかった。野村さんに「野村さんてすごい野球人だったんですね、とうちのヨメが言っていました」と言ったらいったいどんな顔をするだろうと思うと泣けてきた。野村...
Read more素晴らしい! その一言に尽きます。 現役時代を知らず、監督、解説者のイメージが強い世代ですが、大変勉強になりました。数々の盾、トロフィー、旗などずらっと並び、決して大きくない一室に並べられ展示されています。 しかし、見ごたえはあります。時間の都合で一時間ほどしか見学しませんでしたが、好きな人は丁寧に見たり読んだりすると、三、四時間は必要だと思います。ほかの人の感想にもありましたが、高校時代の作文が展示されていますが、綺麗な字で文章も読みやすく、あの独特な言い回しなどを当時からしていたのだと感じることが出来ました。またじっくり時間をかけて見に行きたいです。 すこしでも興味のある人は是非行って...
Read more父親が野村克也ファンということもあり、父に誘われて行きました。私自身も野村克也が好きなのでかなり楽しめました。
ミュージアムでなくてあくまでギャラリーということで、スペース的にはそれほど大きくありませんが、見るものはたくさんありじっくり見ると1時間以上は余裕で楽しめます。
興味がない人からすると5分もせずに全て見終わって飽きてしまうかもしれませんね。じっくり楽しむなら1人だったりもしくは野村克也ファン同士で行くのがいいと思います。(野村克也に興味の無い妻や子供たちは近くの浜辺で降ろして時間潰しをしてもらってましたが正解でした)
あと、駐車場は無料...
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