第六十代醍醐天皇の御世は後に延喜の治といわれる理想の時代であった 当時の制度中に延喜式神名帳があって全国から三千百三十二の神社が搭載されて国の祭記にあづかった この地方では葛飾に坐す茂侶神社と他の 一社が載っている 茂侶神社について諸論説を検索すると当 神社が延喜式内社である 古記録による幾度の神階昇叙や境内に接した神宮寺跡地 神社前を南方に延びる旧参道西平井の鳥居跡 鰭ヶ崎塚之腰祭祀跡等の水路上陸地 或いは神奈備北浦の巨杉八本より八木郷の地名由因などから考察するに 広大な神域を有し 又江戸幕府は毎年二十五石の祭祀料を棒げ或いは今に伝わる神賀良餅の神祭その他によって盛大な祭典が偲ばれる 創立年代は式内社であり 又奈良時代・平 安初期に大和地方から当地に部族の移動記録等により その時代と推察される 御祭神は大物主命 又の御名を大国主命とも大己貴神とも称える 往昔 三輪山の台地のふもとは河川が洗い 水田も拓けて稲作が盛んであったことは 万葉集の葛飾早稲の歌でも知られる 陸地には畑作物が豊かに稔った 朝に祈りタに感謝の誠を捧げて祈耕一体の生活を営み その間いろいろな世を経て 神奈備の社を譲り ときには社殿を纏い修め...
Read more茂侶神社(もろじんじゃ)。千葉県流山市三輪野山。
式内社(小)論社、旧村社。
主祭神:大物主命 (おおものぬしのみこと)
資料によると、 『延喜式神名帳』には小社として「下総国葛飾郡...
Read more松戸から常磐道の 流山インターに向かう 道すがら
ずっと気になっていました。
この辺りは たくさん人が住んでいるわけではないのに なぜ、こんな大きな鳥居が あるのかなって 思っていました。
結論は、 この神社には ちゃんと神様がいました!!!!
そして、そのお礼で こんな大きな鳥居が立ったのだと 実感しています。
この交差点は工事をしているので 車は止めにくいです。
参道は綺麗に掃除されていて なかなかの距離でした。。。
しかし、注意が必要です。
多分、オオスズメバチの巣が 近くにあります。
神社の横や裏は 森です。
手付かずの森です。
そこからオオスズメバチが 参道に度々、飛んできていました。
オオスズメバチは 夏の終わりから この秋に発生するとも言われています。
ご参拝の際、 くれぐれもハチにはお気を付けください。
また、ハチは一匹退治しちゃうと その仕返しに 大量のハチやってくる危険があります...
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