名古屋市昭和区川名本町、飯田街道沿いにご鎮座されている神社です。
創建は不詳ですが、延喜5年(905年)に編纂が開始された律令制を運用するため50巻から成る施行細則をまとめた法典である延喜式、この巻九・巻十は延喜式神名帳と言われ当時官社に指定された全国の神社一覧が記されており、川原神社は尾張國愛智郡にその名があります。
寶永4年(1707年)尾張国神名帳集説には従三位川原天神・川菜神明、文政13年(1830年)尾張国神明帳には従三位川原天神との記載、神社内の古い灯籠には安政二年(1855年)川菜神明宮と彫られており、ここまででも300年以上の歴史があります。 また式内社調査報告には寶永五年(1708年)と天保八年(1837年)の棟札の存在が認められていると調査結果が出ており同様の歴史が認められており、近年では明治5年に郷社に列し昭和14年に縣社に昇格しました。
神社がある地域はその昔、愛智郡鳴海荘の荘園の中にあり、平安海進のあった時代でも残っていたので、江戸時代から神社創建までがどのように繋がっていくのか興味深いものがありますが、大東亜戦争による戦火と平成の時代に不慮の失火で社殿が焼失してしまったのは残念です。
御祭神は、日神、埴山姫神、罔象女神です。地理的に神社がある場所は、尾張國古地図で見られる、所謂、象の鼻と言われる熱田台地の東端にあり、山崎川(昔は川名付近では川名川・河名川・川菜川と呼ばれていた)を挟んで東側に東山丘陵が広がっています。東側にある東山丘陵から太陽が昇り、周辺では東山古窯址群が残るほど窯業が盛んで、窯業は火を扱うので火事を起こさないように鎮火祝詞の神々を祀ったのかなと思います。
尾張名所図会では、山の神=大山祗神、弁天様=市杵島姫命、天王様=建速須佐之男命も祀られているのが見え、弁天様の池では今と同じように亀が泳いでおり子供連れが見ているのが描かれており、時を越えても同じ風景を見る事が出来ます。
ただこの神社、知ろうと思えば思うほど想像を掻き立てられる面白い神社です。古書に記されている月読尊との関係と天照大御神ではなく日神様としている理由、灯籠に刻まれている熱田皇太神。川名川・弁天様・龍神様・蛇神様・お稲荷様。
もしかすると以前は尾張に関係する神様を祀っているのかもしれません。
そういえば地元球団の中...
Read more川原神社(かわはらじんじゃ)。名古屋市昭和区川名本町。
式内社(小)論社、旧県社。
主祭神:埴山姫神、罔象女神、日神
資料によると、 江戸期まで神明と呼ばれていたが、弁才天が祀られていたためしばしば「弁天様」とも呼ばれた。
飯田街道沿いに位置し、江戸初期には既に信仰を集めていた。慶長6年(1601年)に松平忠吉が神領二十石を寄進し、寛文4年(1664年)には徳川光友が豊作を祈願したという伝がある。
社伝が焼失しているといい、創建年代などに不明な点が多い。当社は仏教的な側面が強く、中世には「嶋寺」と呼ばれる寺があったというが江戸中期には既に荒廃していた。天和元年(1681年)に黄檗宗の僧侶がこの寺を復興し、弁財天が祀られるようになった。神仏分離により弁財天は大平寺(川名本町所在)に移転された。
江戸期に天野信景が当社を『延喜式神名帳』に記載のある尾張国愛知郡「川原神社」に比定し、以降定説となった。しかし、天野が当社を川原神社に比定した根拠は所在地が愛知郡川名村で「川」の字が共通している点によるのみであり、棟札などは残っていない。 江戸後期の郷土史家である津田正生は当社を「川原神社」に比定することに疑問を呈している。式内社「川原神社」の論社として他に鳴海八幡宮がある。
名称は「川原神社」よりも「川名の弁天様」の方がよく通る。大正時代に小舟が見つかった。これは昔このあたりが入り組んだ海岸線の入り江だったためと言われているからである。毎月3と8のつく日は朝市が開かれ、大勢の人でにぎわう。地元ではしばしば『さんぱち』と呼ばれている。
境内には「弁天池」と呼ばれる池があり、弁才天が祀られているが神仏分離で近くの曹洞宗太平寺へ遷された。祭神は市杵嶋姫命である。また池にはカメがたくさんいることでも知られ、江戸時代にかかれた、『尾張名所図会』にもたくさんのカメが描かれている。たまに民家にカメが現れる事があるが、その時はカメに酒を飲ませてから池に返すのが慣わしとさ...
Read more名古屋市昭和区川名にあります川原神社に参拝をさせて頂きました。 グーグルマップでの投稿は、今年初めてになります。
御祭神、三柱は日神、埴山姫神、罔象女神、になります呼び名は違いますが、多くの方々がご存知の神様になります。
延喜式と言うことで、やはり少しエネルギーの感覚に 違いを感じました。 境内はとても空気が澄み渡り、心地よい空間です。
宮司さんにも、詳しくお話しを頂き、 ありがとうございました。
昭和区には尾陽神社、御器所八幡宮がありますが、 一部同じ感覚がありました、 土地柄、歴史的背景、個々は違うとは思います しかし核となるものが伝わってきます。
末社も多く、各社には神様が鎮座されていましたが 私が知らない社もあり、勉強になりました。
本殿の空は雲空でしたが、晴天の空間を感じて見てみたいと思います。
また本殿ではちょうど、七五三の神事が行われており 太鼓の音と子どもさんの声、 なんだかほっこりさせて頂きました。
次回は晴天の空を突き抜ける青とエネルギー 天晴れのお写真をお届け出来たらな〜 ま...
Read more