御祭神は誉田別命・手力男命・須佐之男命。創建年代は不詳だが、八幡宮として字片根(武茂川の南)に鎮座し、武茂城主・武茂氏そして佐竹氏から尊崇保護されてきた。佐竹氏の秋田移封後は水戸藩領となり、元禄7(1694)年の光圀の八幡潰し政策によって静神社と改められ、武茂川の北方の愛宕山の愛宕神社境内中腹へと遷座し手力男命を合祀。明治6年村社列格。明治33年、現在地である本町字舘山の武茂城跡に遷座。この時、御本殿を陣車で奉曳し石碑や階段石に至るまで全て移動す。平成5年に須佐之男命を合祀した。
馬頭小学校、馬頭郷土資料館、広重美術館の北側に広い駐車場があり、そこから武茂城のあった高台へ、長い直線の石段(男坂)は厳しくつらい死にそうという話もありますが、まあそこまででも・・・しかし右側の女坂を景色を愛でながらのんびり登るのも心地よくよく(社務所もあります)お勧めです。そして石段の先に鎮座まします御神域はどうかというと、「神殿其他の建物等巨大壯麗にして輪奐たり。境内には松杉橿の常磐木繁茂し社殿を擁し頗る雅致あり」まったくそのとおりであります。 ここからさらに奥の武茂城跡を巡りたいところでしたが、我が家まで2時間近い距離、そして本日の聖地巡礼(ご当地アニメじゃありません)の予定はまだまだ残っており、泣く泣く断念す。...
Read more譽田別命・手力男命・須佐之男命を御祭神とする神社で、大同年間(806~809年)の創建とされ、往古は八幡宮と号しましたが、元禄7(1694)年以降に静神社と改号、武茂川北方愛宕山の愛宕神社境内に遷宮し手力男命を合祀、宝永2(1705)年に神殿や神楽殿等を建立しましたが文政9(1826)年に焼失、天保9(1838)年に再建されました。その後、明治33(1900)年に現在地の武茂城跡地に遷宮、明治38(1905)年に境内を新築整備、昭和55(1980)年に石鳥居を再建、平成5(1993)年に須佐之男命を相殿に祀りまし...
Read more御朱印を頂きに参拝しました。鳥居の直ぐ横に参拝者駐車場あります。15台位停められるでしょうか。階段がヤバい位ですが、女坂と言うなだらかな階段があるので、利用をオススメします。宮司さんが普段は不在の為、賽銭箱の両側に書き置き御朱印や、御守りなど、並んでいました。初穂料は賽銭箱に、細かいお金の用意をお忘れなく。だいたい各¥500でした。無事に御朱...
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