2025.04.27 家康公が父広忠の菩提を弔うために建立し、松平広忠公の御廟所がある松應寺。 本堂脇の「白藤」は、散り始めでしたが綺麗でした。 戦災で焼け野原になった境内で人々に明るい気持ちになってもらおうと当時の住職が植えたものらしく、樹齢70年ほど。 面白いのが、この松應寺を核として町の歴史が移り変わっていった「松應寺横丁」と呼ばれる一帯です。 江戸時代に徳川家康の父・松平広忠公の廟所がある松應寺を中心に、 信徒たちが集まってできた「門前町」。 明治時代の末期から昭和の中期には、岡崎を代表する花街として栄えたという歴史もあります。 1905年に蛭川吉之助氏が末広という芸妓置屋を開業したのが始まりで、 1919年には、松本町が芸妓置屋の指定地とされ、同じ年に「鶴島館」という岡崎で一番大きな宴会場が完成し、岡崎を代表する花街になりました。 小さな町にもかかわらず、1935年頃の記録に 「芸妓置屋36軒、芸妓数250余名、料理屋60余店」とあることから、当時は華やかで活気あふれる町だったんでしょう。 岡崎空襲で町の8割が焼失。 終戦後、闇市発祥の商店街が形成されていき、松應寺の境内の中に約50軒の木造建物が作られました。 お寺の境内の中にある町には今なお、昭和の路地裏の懐かしい街並みが残り、まるでタイムスリップしたかのような雰囲気を味わうことができます。 徳川家康ゆかりの寺として訪れた松應寺でしたが 境内に「門前町」「花街」「闇市」と近代史を読んでいるかのような歴史と 今、残る情...
Read more②2019年4月22日 境内の白いフジが満開になっています。 いい香りに誘われて、大きな🐝ハチも沢山います。 怖いけど 綺麗です✨✨
①2019年3月24日 松應寺横丁にぎわい市 (春・秋 開催)
昔の岡崎市の花街。 昭和の雰囲気が漂う横丁。 小さな木造店舗がひしめいて、なんとも温かい裏路地になっています。
得意なモノを持ち寄って物販だったり、食品の販売をしたり。 古本市だったり。
本堂や太子堂の前を会場にして、特技の演奏や踊りの披露があったり。 商品を買った人にはビンゴ券を配布したり。 岡崎市内の商店からも商品の販売がありました。 沢山の人が賑やかに集っていました。 店舗によっては、新規オープンのカフェやケーキ屋さんもありました。
地域活性 ...
Read more写真でもわかると思いますが、現在、土の塀の改修中なのかシートで養生されたりポールなりもろもろ置いてあり、改修されているみたいです。 ある意味工事現場のような雰囲気もあります。綺麗に改修されたらいつか来たいなと思いました。
松應寺は父広忠の菩提として家康が建てたお寺として有名で松平広忠公御廟所があります。 1549年岡崎城主松平広忠は城中で家臣に刺殺され、能見ヶ原の月光庵(今の松應寺)に埋葬され、同年、家康は今川方の人質として熱田から駿府へおもむく途中、月光庵に参り、その墓上に小松を植え、松平一族の繁栄を祈願したそうです。 時が流れ、1560年、桶狭間の合戦後、家康は独立を果たし、月光庵の地に非業の死を遂げた父の菩提寺を建立しました。 家康は手植えの松が緑深く東方に伸長するのを見て、「我が祈念に応ずる松なり」といい寺号を松應寺...
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