長野県内で一番古い木造建築と云われている。国の重要文化財。
塩田平の南方、独鈷〔とっこ〕山の麓〔ふもと〕に信州最古の木造建築、中禅寺薬師堂が建っています。木立にかこまれた静かなたたずまいの中に、古い様式のお堂がひっそりと建っています。
この薬師堂は「方三間〔ほうさんげん〕の阿弥陀堂〔あみだどう〕」という形式です。方三間というのは、東西南北のどちらから見ても柱が四本立っていて、間が三つあることをいうのです。柱と柱の間を間〔けん〕と呼びます。
茅〔かや〕ぶきの屋根のてっぺんに、少し先のとがった丸い玉(宝珠〔ほうじゅ〕)や、その下に四角な台(露盤〔ろばん〕)をのせて、ま上から見ると、真四角な同じ形の屋根に見えます。これを「宝形造〔ほうぎょうづくり〕」といいます。扉は正面(東がわ)に三か所、残りの三方に一か所ずあり、あとはみな板を横にはった板壁になっています。このような建てかたは、平安時代の終わりごろ行われた形式で、岩手県平泉〔ひらいずみ〕にある有名な中尊寺の金色堂〔こんじきどう〕などが、その代表的な例です。
薬師堂の中ほどに、四本の丸い柱を立て、西側の二本の間に板壁を作り、その前に仏を安置する須弥壇〔しゅみだん〕が設けられています。須弥壇〔しゅみだん〕の上には、台座の上に座した薬師如来がまつられています。ほの暗い中に、右手のたなごころを前に向け、左手に薬の壺をのせ、優しいまなざしで見つめるそのおだやかな顔は、お祈りをする人にはかり知れない安心感を与えます。
仏を安置する須弥壇の位置は、天治元年(1124)に建てられた平泉の金色堂〔こんじきどう〕と同じです。時代が新しくなるほど、堂の後ろの壁の方へ仏の座が下げられていきます。薬師堂は様式の面からも古く、平安未か鎌倉初期の建立とみられています。
いずれにしても、約八百年前の長野県最古の建物であるばかりでなく、中部日本(中部地方・関東地方)を通じて最も古いといわれるお堂が、仏(薬師如来像)といっしょに、この塩田平に残っているこ...
Read more中禅寺(ちゅうぜんじ)は、長野県上田市前山にある真言宗智山派の寺院です。山号は竜王山、院号は延命院。本尊は延命地蔵菩薩です。 伝承によれば、天長年間(824年―834年)空海(弘法大師)が雨乞い祈祷のため、草庵を結んだとのことです。源頼朝や塩田北条氏等の庇護を受け栄えました。永享年間(1429年―1441年)、寛文5年(1665年)、享保5年(1720年)と度重なる火災に遭い諸堂を焼失、享保19年(1734年)祐精法印が中興し現在の本堂が建立されました。 薬師堂は「方三間宝形造り」(ほうさんげんほうぎょうづくり)の阿弥陀堂で今も茅葺き屋根が維持されています。方三間とは、東西南北のどの角度も柱が4本あり、柱と柱の間(けん)が3つある建築様式です。 仏を安置する須弥壇の位置は、天治元年(1124)に建てられた平泉の金色堂と同じです。時代が新しくなるほど、堂の後ろの壁の方へ仏の座が下げられていきます。薬師堂は様式の面からも古く、平安未か鎌倉初期の建立とみられています。約八百年前の長野県最古の建物です。1936年(昭和11年)9月18日に国の重要文化財に指定されています。 また堂内に安置されている木造薬師如来坐像(附...
Read more中禅寺の境内から中庭続きで『薬師堂』に入れますが、此処は一旦参道を出て、『山門(仁王門)』から潜ってください。 奥行のある『山門』は仁王像の前に土間部分が設けられています。余り見掛けない造りです。人感センサーが仕込まれていて解説が流れ出します。でも頂けないのは『千社札』ちゃんと許可得てる? 苔むした石垣に囲まれ、分厚い茅葺屋根と方形の建物が安定感=安心感を与えてくれるのでしょうか、見ていて心落ち着きます。 参拝後に堂内を覗いますと。装飾の一切無い須弥壇に『薬師如来像』と『神将立像』のみの潔さ。流石 『中禅寺本堂』の『阿弥陀如来像』といい、『薬師堂』の『如来像』といい、この山奥にして(失礼)目の保養になります。 流石『国重要文化財』...
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