成田街道といわれる国道296号線を、船橋から西に向かって走り、特になんの案内板もない四辻を右折すると、ある。
境内には地区の集会所も設けられ、神社はよく整備されている。 殿舎の四方の壁面には、なんの物語なのかは当方にはよくわからなかったが(ひとつは義経東下りではないかな)、見事な浮き彫りが施されている。資力がなければ建築も維持もできないだろう。氏子のみなさんの崇敬の念の篤さがよくわかる。
それにしても「時平」とは? おそらく「藤原時平」のことだろうから、ちょっと不思議である。 この人は、のちに「天神様」として祀られるライバル菅原道真を、讒言を以て右大臣の地位から追い落とし、筑紫の大宰府に配流されるように仕向けたため、そのタタリで早死にしたと信じられている。 この神社が創建されたであろう江戸時代には、歌舞伎の影響もあって庶民には陰険な「悪人」と見られていたはずだ(初演は1746(延享3)年だから、創建とどちらが早いかはわからないが)。 それがなぜ下総の内陸のこの地に祀られているのだろうか?
ネットを漁っていたら、この神社からほど近い「高津観音寺」に、文久3(1863)年に住職が記した「高津観音堂本尊縁起」なるものがあるという。モダンな口語文だから記載者のリライトだと思われ、原文にも当たれないからいろいろ保証できないが、とりあえず引用する。 「平安前期、菅原道真を追放した祟りで亡くなった藤原時平の妻と第五息女高津姫は、東下りをして下総の久々田に漂流した時、舟が石となった。/姫は三山から当地に落ち着き、花の洛の昔を偲び亡父を慕いながら当地で一生を終えた。彼女が守り本尊としていたのが十一面観世音菩薩で、高津観音寺に安置された。/高津姫は高津比咩神社に祀られ、当地の産神様となった。」 ということで、当地には時平にまつわる伝説があるようだ。時平は歌舞伎『菅原伝授手習鑑』の中でも、神格化された菅原道真と同様に、霊的な性格が与えられている。また、「高津姫」は「多岐都比売命(タギツヒメノミコト)」と同一視されたともいわれるから、当地の人々としては貴人とその子を憐れむ意味でも、神社...
Read more地元の人達に大切にされている神社と伺いました 幹線道路沿いに急勾配の階段があり、なかなか見つけづらい坂道の神社です 自転車で市街地まで走り過ぎてしまったりして… とても歴史ある神社のようです 境内からの石畳が社まで続きます その間の細く長い昇り坂は、少し歩くと僅かな階段があり、又歩くと階段と、徐々に社に近づいて行きます 古の格式が伝わってくる、心にずっしり入り込む景観です 400年程前、この高台からの景色や状況は、どういうものだったのでしょう 神社仏閣には御神木と言われる大樹が必ずありますが、こちらの大樹は、幾本も同...
Read more歴史上でも有名な菅原道真を太宰府に左遷させたた首謀者という汚名が実しやかに語られてきている。私もずーとそう思って居たが,八千代市には時平神社が4ヶ所もあり,また習志野市船橋市にも時平を祀った神社が多くあり,今更ながら時平という人物に興味を覚える。今後、関連神社を⛩訪れて見た...
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