二上山山腹に所在する行場です。鹿谷寺(ろくたんじ)跡より東方へ約400mの地点にあり、岩屋のすぐ北側には「岩屋峠(岩屋越)」と呼ばれる竹内街道の間道が通ってます。 岩屋には、大小二つの石窟があり、北側に位置するのが、大石窟(幅7.6m×高6.14m×奥行4.5m)、岩盤を大きく刳り抜いた形状をしています。大石窟には、一石で作られた石塔(層塔)があり、北壁には半肉彫の三尊像が刻まれていますが、残念ながら剥落が著しく光背の一部しか確認できない状態です。小石窟(幅2m×高さ1.8m×奥行1.4m)には、内部に仏像などを安置した仏龕のようなものがあったと考えられており、『河内国名所図会』にも、自然石状のものが祀られています。歴史の岩屋をみると、岩屋周辺より須恵器、土師器が出土しており、それらが平城宮跡出土土器の編年で「平城宮Ⅲ」の前半に属すると考えらえることから8世紀前半にはすでに機能していたと考えられています。その後、鎌倉時代の『諸山縁起』「第二十六経塚(陀羅尼経)」の項に「二上山岩屋」と記されており、中世においては葛城修験の第二十六番経塚となっていたようです。岩屋周辺では、中世の土師皿、瓦器なども出土しており、性格は不明ながらも人の...
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Read more大阪側からは竹内街道(R165)沿いの二上山万葉の森登山口からあがる。登山口には駐車場(無料)もある。急な登山道を進むと途中に岩屋の看板があり右手に進む。しばらくすると巨大な岩屋杉の倒木がありそれをくぐると岩屋に着く。岩窟の中に石塔がある。八世紀の作とあり、当麻寺の曼荼羅を中将姫がここで織ったとも言われている。当時竹内街道を通る人々はこの岩屋で仏様を拝み峠を越えていた事がなんとなく想像できる。なんとも素朴で純真な万葉人の信仰の様子...
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