馬の背から鹿谷寺の標示板通りに向かって歩いたつもり、、でも違う道を通ったのか?とんでもなく歩きにくい岩場を通ったので緊張度は半端なかった。途中の箇所で行くも戻るも地獄の様な大岩に出会い必死ぶりに怖い思いをした。
史跡鹿谷寺跡 所在地 大阪府南河内郡太子町大字山田字金山谷一〇六五 指 定 昭和二十三年一月十四日 鹿谷寺は、二上山岳から西へ伸びる尾根先端部の頭を南北に開削した平坦面に造られ、北側中央に石碑十三重塔 東側の岩壁面の石屋内に三尊仏像がされる。 さらに現在確認できないが、西側岩壁に沿う小岩の東面に 仏立像一体が半肉彫りしてあったとされる。また南側の一段低い小平地に、方形壇上に方尖碑状の石塔が地を残して立られる。さらに南西部の一段低い箇所にも帯状の平坦面があり、奈良時代の須恵器と土師器が採集されている。十三重塔は南南西に面し、地山の凝灰岩を残して立 されていると見られ、最上層部分は風化が著しく原形は不明 である。 現状は全高五一緒、初重輪部幡一五七初重屋 一六八軒の出は浅く上層に向かい低減し、最上層幅 は一緒は西南西に面し、間口は三〇六の高さ 六 壁は浅く底部に低い(かまち)を造り、天井部は 三角形状に迫り出す。 三尊仏は蓮華座に坐し円光を負う...
Read more鹿谷寺跡(ろくたんじあと)。 よくまぁ、岩をくり抜いたもんだと感心させられます。( ̄o ̄)/ 以下、現地案内板より。 「この遺跡は、凝灰岩の石切場跡に造られた8世紀頃の寺院の跡です。寺の中心部は、石切場跡の尾根を幅10m程度南北に切出して造成されています。遺構としては凝灰岩製の十三重多層塔と浅い石窟に線刻された三尊座像、及び西側岸壁寄りの小岩塊に浮彫された仏立像一体があるのみです。十三重多層塔は、地山を掘り残して造成されたと伝えれています。また塔の南面には、舎利孔が穿たれています。石窟内の三尊座像は、比較的保存状態もよく光背や衣の襞、...
Read more大阪側からは竹内街道(R165)沿いの二上山万葉の森登山口からあがる。登山口には駐車場(無料)もありここまで車でくる事ができる。登山道に入るとすぐ分岐があり左手が鹿谷寺跡へのコース。途中まで急な階段だが途中から岩場を登る。しばらくすると開けた場所に大きな古びた石塔が見えるとそこが鹿谷寺跡。石塔だけでなく線で描かれた仏様も見る事ができる。奈良時代のものと言われるが日本の仏法を敬う原点を見るように思える。その後頂上を目指すにはキツイ岩場が続くが足に自信のある方は是非とも訪れて欲しい。また、岩...
Read more