「若松のおえべっさん」と称され古くから若松の方々に愛されるお社です。旧社格は村社、現在は神社本庁の別表神社に列せられています。主祭神は事代主神、大山咋神、大国主神、配神は須佐之男命、天照皇大神、武内宿禰命です。社伝に因ると創建は古く今から約1800年前、神功皇后と仲哀天皇が筑紫の国においでになった際、洞海湾にさしかかるとお出迎えした岡県主熊鰐が「天皇様は外海をお進み下さい。皇后様は波静かな内海をお進み下さい」と奏上した事を受け、皇后様の船が洞海湾を進んでいると急に船が動かなくなった。そこでお供をしていた武内宿禰の命令で漁夫が海底を調べたところ、海の底から清らかで神々しく輝く玉石が出てきたという。これを天皇に献上したすると天皇は手に取って御覧になられ「これは海の神がこの度の筑紫への船旅を、つつがなく守って下さるという御心の現れであろう」と大変お喜びになったので、武内宿禰が近くの浜辺に船を寄せて上陸し、この霊石を祀ったのが当宮の鎮座の始まりであり、今も本殿の奥深く内々陣に鎮まっていると伝えます。推測になりますが筑紫の国においでになったのは熊襲征伐の頃と考えられ、西暦200年直前頃の話でしょう。この頃はまだ仲哀天皇がお亡くなりになるなんて事は予想もしなかったでしょうね。 大正8年(1919年)、旧恵比須神社に旧日吉神社が合祀され今に至ります。恵比須神社系には珍しい祭神である大山咋神は、多分この時に合祀されたのでしょう。若松の地名の由来として、武内宿禰が再びこの懐かしい海辺を訪ね、脇の聖地に記念の小松を手植えし「海原の...
Read more若戸大橋も隣に見える本殿趣がある広大な神社でした。
若松恵比須神社
「若松惠比須(わかまつえびす)神社」の起源は、今からおよそ1800年前にさかのぼります。仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)が神功皇后(じんぐうこうごう)とともに筑紫野の国へおいでになった時、洞海(くきのうみ ※現在の洞海湾)にさしかかると、出迎えた岡県主熊鰐(おかのあがたぬしくまわに)の奏上(そうじょう...
Read more毎月1日参りや十日恵比寿など行かせて頂いています。以前は日本酒を持参してお神酒にお願いしますと頼んで比較的若い男性の方が感じよく対応して頂きました。もちろん神社は素晴らしいですが今回は、以前神棚を利用されてた方が放置されたままのお札があったので代わりにお札返納をお願いに行きました。つるっぱげの人が対応して事情を説明しましたが不愛想な対応。返納して新たにお札などを購入しようと思いましたが対応が悪いため何も購入せずに参拝だけ済ませて宮地嶽神社まで行き新たにお札購入と参拝させて頂きました。若松恵比寿神社は好きですが、返納お願いしてお金にならないと不愛想なんですか?購入の予定でしたが『商売繁盛金持ってこい』露...
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