以下現地掲示より。この唐門は、豊臣秀吉の大坂城のうち、現存する唯一の遺構とのことで国宝なのも納得です。
*** 「唐門」とは、唐成風(中央が高く、左右になだらかな曲線で重れる映風)をもつ門という意味。
この『唐門』は、京都東山の豊国廟(秀吉の亡がらを葬った廟所)に建っていたものを、慶長7年(1602)豊臣秀頼の命により片桐且元を普請奉行として移築されたものと考えられています。移築の際、土地の条件から観音堂に接して建てられています。
桧皮革、建物全体を総黒漆塗りとした上に金鍼金の節金具が散りばめられ、中央の基股の周囲には風風や松・兎・牡丹の脱刻を、二枚の大きな様唐戸や壁には牡丹唐草の膨刻を極彩色塗りで飾っています。豪華絢爛と言われた桃山様式の『唐門』の代表的遺構です。
平成18年(2006)、オーストリアにあるエッゲンベルク城で豊臣期大坂図屏風が発見されました。絵中にはこの門が大坂城にあった姿で、本丸北方に架けられていた『極楽橋』の形が描かれています。
唐門が付いたこの橋は、城内の堀などを越えて城主のいる本丸へと渡る廊下橋という形式の橋で、橋の上には屋根や望機を持つ豪華なものです。大坂城の極楽橋は慶長元年(159)に建造され、慶長5年(1600)に京都の豊国へ移築されたことが分かっています。エッゲンベルク城の絵図から判断して、付生島の「唐門」は秀吉が建てた現存する大坂城唯一の遺構であることは...
Read more縁起によれば、この唐門は、秀吉を祀った京都東山の豊国廟に建っていた『極楽門』を、豊臣秀頼の命により片桐且元を普請奉行として移築されたものだそうです。 移築の際、土地の条件から、観音堂に接して建てられたそうです。 桧皮葺、建物全体を総黒漆塗りとした上に金鍍金の飾金具が散りばめられ、虹梁中央の蟇股の周囲には鳳凰や松・兎・牡丹の彫刻を、二枚の大きな桟唐戸や壁には牡丹唐草の彫刻を極彩色塗りとして飾られています。豪華絢爛と言われた桃山様式の『唐門』の代表的遺構だそうです。 因みに、『唐門』とは、唐破風をもつ...
Read more豊臣秀吉公の建てた大阪城のお堀にかかる極楽橋の一部であった唐門を竹生島まで移築され当時の桃山様式を色濃く残す貴重な遺構を間近で見ることが出来ます。
五色鮮やかに塗られ歌舞いた派手な造りは日本文化が持つ幅の広さ奥深さを感じることが出来とても趣き深いです。 扉などに掘られ彩色された見事なレリーフや多層に組まれた梁の造り、その欄間に各種霊獣やうさぎなどのモティーフが掘られ、それらしばらくずっと眺めながら当時の桃山文化に思いを馳せることが出来る、素晴らしい芸術品を間近で...
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