村社ながら手水舎が2ヶ所もある神社です。社殿の整備も行き届き、境内も綺麗に清掃されていました。御朱印も丁重でした。
御由緒
当社が所蔵する社宝『天神宮紀』によれば、一條院正暦年中(990~994)に、この地に疫病が流行し、里人等大勢の者がこの病により暴死した。
この時、里人の一人徳麿(とくまろ)の夢に大神様が現れ、当地にある梅の古木に祈願するようお告げがあった。お告げの通り梅下により、疫病の癒えん事を謹拝して去った所、奇妙な効果(霊験)が得られ疫病はことごとく去って行った。
そこで、梅はまさしく聖廟天神の珍愛されたことから、山城国(京都)北野天満宮より御分霊を戴き、当地に祠を設けて、天満宮と号した。
第66代一條院長徳元年乙羊(995)正月11日御幣帛を捧げ、大前に田夫の業を以て俳優(わざおぎ)となし、神威を安んじ奉った。この田夫の業とは、今の国重要無形民俗文化財「田遊び神事」の事で創建以来一年も休まず続けられている。
以降、1,000年以上この地に鎮座し徳丸郷の氏神(徳丸・高島平、新河岸地区)として、合格学問成就・邪気祓・病気平癒の守護神として広く崇敬を集めている。
また、当地の「徳丸」という名称は、古老曰く、「里人の一人徳麿(とくまろ)から戴いたものである。」と伝わっている。
古くは天神社、天満宮の社号であったが、明治6年から北野神社と改号された。
なお、当社の国重要無形民俗文化財「田遊び神事」は、近年板橋区と区民が制定した「板橋十景」にも指定されている。
徳丸の地は非常に古く、かつては16の小字(徳丸ではこれを洞という)があった。この洞(ホラ)の代表者が、代々「田遊び」又「神社の諸祭儀」に奉仕してきた。
また洞の制度は、現在も生きていて、各洞では、持ち回りで、天神像を掲げて行う「天神講」や、「庚申待ち」を催す風習が残っている。
因みに、この洞(ホラ)という共同体の制度は、現在...
Read more徳丸北野神社にお伺いさせていただきました。
東武東上線の成増駅からバスで紅梅小学校前で下車、徒歩5分ぐらいです。 東武練馬駅からですと徒歩20分ぐらいです。 創建は995年と相当な歴史を誇る神社ですね。 かなり歴史を感じる石造りの鳥居を潜り、参道を進むと綺麗な花手水がありました。 拝殿までご立派な摂社末社が数多くあり、撫で牛も見られました。 拝殿裏の本殿はガラス越しでしたがご立派な造りでしたので直に拝観してみたいですね。 境内も綺麗に掃き清められていて気持ち良かったです。 社務所では夏詣限定の書き置きの御朱印を拝受出来ました。 夏らしい爽やかな御朱印で、こちらはシール仕様になっているので御朱印帳に貼るとき便利です。 ご対応も親切で雰囲気の良い神社でしたので、またお伺...
Read more995創建、村社、徳丸本村の鎮守であった。 当地に疫病が流行し、村民であった徳麿は夢に現れた大神から当地にある梅の古木に祈願するよう神託を受けた。 その後疫病の収拾を祈願したところ疫病は終息したという。 霊験は梅を愛した菅原道真公によるものとして、山城国北野天満宮より勧請し創建された。
1976年に重要無形民俗文化財に指定されている田遊び神事は創建された995年より一年も休まず続けられているという伝統ある神事でロマンがあり感慨深いですね。
境内社は多く鎮座しており、徳丸富士塚という富士塚があり登れるが高さは150cmといったところか。天神社ならではの撫で牛も安置されている。
・御朱印有(兼務社である四葉稲荷神社・大松氷川神社・北町浅間神社...
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