八坂神社行事 一月一日 元旦祭 四月十五日 春祭 七月二十日 二十一日 二十二日 夏祭(祗園山笠引) 十月二十一日 二十二日 秋祭 十一月十五日 七五三祭 毎月一日・十五日 月次祭 祭神 素盞嗚尊 櫛稲田媛命 大己貴命
境内掲示版
長崎街道・瓜生野町 瓜生野町は田代宿・轟木宿間のほぼ中間にあたり,農具等を売る町並が続いていました。江戸時代後期の文献によれば,町並は本町・今町から成り,三・六・九の付く日には「市」がたてられていました。”町五丁計(はかり)続きたり,人家の数,轟木より多し,商家,酒屋あり,茶屋はなし“との記録(菱屋平七「筑紫紀行」)もみられます。 瓜生野町八坂神社は縁起によれば,「正安元年(一二九九)山代八坂神社の分霊を勧請」とされ,神輿が出て,流鏑馬などの祗園会がにぎやかに執り行われていました。 町の成立について,まだ定説はありませんが,江戸時代初期,宿村を通っていた街道がここに移り町立てがされた可能性もあります。 鳥栖市教育委員会 境内掲示版 ...
Read more長崎街道・瓜生野町 瓜生野町は田代宿・轟木宿間のほぼ中間にあたり 農具等を売る町並が続いていました。江戸時代後期の文献によれば町並は本町・今町から成り、三・六・九の付く日には「市」がたてられていました。 ”町五丁計(はかり)続きたり人家の数 轟木より多し商家酒屋あり茶屋はなし“ との記録(菱屋平七「筑紫紀行」)もみられます。 瓜生野町八坂神社は縁起によれば 「正安元年(1299)山代八坂神社の分霊を勧請」とされ 神輿が出て,流鏑馬などの祗園会がにぎやかに執り行われていました。 町の成立についてまだ定説はありませんが、江戸時代初期 宿村を通っていた街道がここに移り町立てが...
Read moreこの八坂神社には、貴重な歌碑が鎮まります。 境内の東北の木陰にあります。「肥前おんな風土記」の著者である佐賀県の歌人、豊増幸子の歌が刻まれています。 「あたたかき心に触れて帰るさの冬野は麦の緑にうるほふ」 なんとも、素直な心の表現ではありませんか。歌碑によくつかわれる変体仮名などは使わない、読みやすい文字ですね。 鳥栖市は麦の生産が盛んでした。みどりしたたる町でした。 鳥栖駅から歩いても10分もかかりません。多くの人に触れていただけたら幸いに思います...
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