甘樫坐神社(あまかしにますじんじゃ)。奈良県高市郡明日香村豊浦。
式内社(並大)四座、旧村社。
【祭神】推古天皇
本来は八十禍津日命 大禍津日命 神直毘命 大直毘命を祭神四座であろう。 これらの神々は記紀において黄泉国から戻ったイザナギが禊をした際に生まれた神々で、災厄・罪・穢れを司る神、およびそれを直す神であると考えられます。
資料によると、 飛鳥川の左岸丘陵の北端近く、東麓に東面して所在し、豊浦の向原寺の南側を西に少し入つた所に鎮座する。東方約500mを距てた丘陵は、史蹟甘樫丘であり、展望台がある。 隣の向原寺境内にに豊浦宮跡がある。 推古天皇の当初の皇居であった豊浦宮が当地(豊浦)付近にあったとされることから後世に祭神に組み込まれたものと思われます。
武内宿禰が創祀という。 古くは甘樫神と称し(三代実録)中世では湯起請の神(五郡神社記)とも呼んでいる。
境内に自然石の立石がある。それは高さ約3m、幅約1.5m、厚さ約1mの片麻岩で、社殿の北側に東面して立つている。 これは飛鳥地方に見られる石造遺物の一種で祭祀遺跡あるいは結界石かとも思われるが、特別な伝承はない。
当社の特殊行事として、盟神探湯(クガダチ)の神事がある。これは例祭日に行なわれるが、戦後になつて古代の盟神探湯の儀が復興された。 これが行われた場所が「味橿丘(アマカシノオカ)の辞禍戸崎(コトノマガエノサキ)」であるとしています。 辞禍戸崎にあたる地に鎮座する当社は古代において盟神探湯の審判を行う神を祀ったことが始めだったのではとも考え...
Read more式内社 大和國高市郡 甘樫坐神社四座 並大 です
有名な「盟神探湯」(くがたち)について説明書がありました -境内案内- 「盟神探湯」 Kugatati, Trial in Ancient Times 盟神探湯は裁判の一種として考えられ 煮え湯の入った釜に手を入れ「正しき者にはヤケドなし 偽りし者はヤケドあり」 という極めて荒い裁判の方法です 「日本書紀」によれば允恭 天皇4年(415)氏姓制度の混乱を正すため 甘橿の神の前に諸 氏を会して盟神探湯を行ったと伝えています 現在では毎年4月 境内にある「立石」の前に釜を据え 嘘・ 偽りを正し 爽やかに暮らしたいという願いを込め 豊浦・雷 大字が氏子となって「盟神探湯神事」としてその形を保存・継 承しています 「立石」と呼ばれる謎の石はこの豊浦のほかに 村内の岡・上...
Read more難波池の向かいにある。
ここには古代神事の儀式が残っていて面白い。
盟神探湯(くがたち)、と呼ばれる古代の裁判が行われた場所です。
煮え湯の入った釜に手を入れ「正しき者にはヤケドなし、偽りし者はヤケドあり」という極めて荒い裁きです。
「日本書紀」によれば允恭天皇4年(415)氏姓制度の混乱を正すため、甘橿の神の前に諸氏を会して盟神探湯を行ったと伝えているそうです。
現在では毎年4月、境内にある「立石」の前に釜を据え、嘘・偽りを正し、爽やかに暮らしたいという願いを込め、豊浦・雷大字が氏子となって「盟神探湯神事」としてその形を保存・継承しるとのこと。
「立石」と呼ばれる謎の石はこの豊浦のほかに、村内の岡・上居・立部・小原などにも残っているようです。
約1600年も昔の神事が継承...
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