Junkyo Oishi suffered the tragic loss of both arms in 1905, but with a brush in her mouth, she entered the world of calligraphy and painting and became a nun. The former Kayano House in Kutoyama-cho, Wakayama Prefecture, where she often stayed, is a historic building erected in the mid-Edo period and used as a Koyasan satobo. In this place, calligraphy and paintings created by Oishi Junkyo nun in her own handwriting are exhibited. The former Kayano House has been preserved as a cultural asset and is open to the public. A video introducing Junkyo Oishi is shown in the museum, and the curator gives a detailed explanation of the history of the house. The building is also very informative in tracing the history of Japanese...
Read more江戸時代中期に高野山真蔵院の里坊(不動院)として建立され、明治時代まで続いた由緒ある建物です。民家(萱野家)として現存してましたが、平成21年2月、町が文化財の保存・保護のため譲り受けました。平成22年1月27日より一般公開されています。
里坊とは山寺の僧などが人里に構える住まいのことで、避寒の所とされており、県内では数少ない、現存の「高野山里坊」である歴史的建造物です(門、主屋、土蔵の3棟は町指定文化財)。 この里坊には、大石順教尼がしばしば滞在されたそうです。
◎大石順教尼 明治38年、養父中川萬次郎の狂刃により六人斬り事件に巻き込まれ、17歳の身で両腕を切り落とされてしまいます。筆を口にくわえ書画の世界へと入られ、苦難の道を乗り越えて尼僧を志されました。高野山での出家を目指してこの地へお越しになりましたが、当時の高野山へ入ることがなかなか許されず、旧不動院・萱野正之助、タツ夫婦が菩提親となり高野山天徳金山大僧正を師として得度しました。その縁でしばしば九度山萱野邸にて過ごされ、多くの書画をこ...
Read more数少ない現存する里坊(館内撮影禁止です) ビデオが約15分、ガイド解説が10分、急ぐかたには難しいかもですが、ここは時間を作って来てほしいです。ぐんぐん引き込まれあっという間でした。
ヘレンケラー来日時には二度もお会いになっていたりと、障害者支援と育成に尽力された人生でした。 自分が支援者となると決意した時、高野山のお坊さんから「結婚と出産を経験しなさい」と助言を受けたそうです。(経緯はぜひビデオで)
心づくしのガイドとても良かったです。 「お庭に植っているタラヨウの木(別名:葉書の木)の葉です。どうぞ書いてみて下さい」と、もぎたての葉を下さいました。 昔はこうやって書いていた事もあったのかも、と。
ガイドブックにない真田(幸村)の井戸の情報も教えて頂きました。知らなかった情報も得る事がで...
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